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2025年01月21日20:00

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映画『流麻溝十五号』

『流麻溝十五号』(台湾)
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民主主義国家として数十年の歴史を重ねてきている台湾が、世界では独立未承認国として現在も中国支配下に強制統制されかねない状況が続いている背景・・・この歴史を紐解く時に必ず聞こえてくる史実に登場するのが蒋介石と白色テロ時代。第二次世界大戦後に日本から中国の領土となって勃発した国共内戦は、蒋介石の中国国民党政府の進駐を受け入れ、その暴君に反発したことから二二八事件となり1万8千人が反逆者として殺害された。大陸で共産党に敗北した国民党は地盤固めを台湾に持つしか手段がなくなり、反体制派に対する民衆弾圧強行を開始する。
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鑑賞中に混乱を招くのが、反体制派と言っても一括りにできないところに弾圧根拠の薄さと国の複雑な情勢を想像させられる。元々のターゲットであった共産主義者はともかく、台湾独立派や親日派、更には自由主義者のような政治思想を持たない者までもが容赦なく収監され、知識人を全廃するかの如き不当逮捕が行われた暗黒時代は1947年から始まっていた。白色テロは台湾人の一定世代を丸ごと葬り去ることとなり、生き延びた人々を沈黙させるのにも十分な恐怖を与えた。この映画のラストではそれが痛いほど伝わってくるので鑑賞後の後味には覚悟が必要となる。
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物語は1953年当時の恐怖政治現場を、思想改造や再教育という名目で収監された女性達を中心に描かれる。本島から30キロ離れた離島「緑島」に存在した収容所の区画名が作品タイトルとなっていて、これは『関心領域』とも題名由来が類似する。謂れのない政治犯として罪を課せられた女性達は、思想改造のための教育と更生をこの島で強要される。名前ではなく通し番号で呼ばれ、日々重労働の集団生活で徹底管理をされる。
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当時の収監者6人からの証言で構成されたノンフィクション「流麻溝十五號 : �囘臀�生分隊及其他」が原作本で、特に3人の主要人物に集約したストーリーが軸となる。ドキュメンタリー映画の監督から進出し長編デビュー作『Tattoo 刺青』でベルリン国際映画祭テディ賞を獲得した周美玲監督は「特に女性が思想を持つこと自体が罪に問われる権威主義部分を描いて、観客をいかに納得し共鳴してもらうことができるかを考えた。」という。
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宣伝媒体にある「考えることが 罪?」というキャプションが印象的で、彼女たちは本当に「考えること」を罪に問われ驚愕する。自分は台湾を何度か訪れているが、東アジア諸国の中でも多様性と民主主義に特別に長けた明るい国という印象が強いため、この作品で描かれる台湾の姿は信じ難いものがある。だが歴史から消すことができないこの時代をこの作品で知り、人間の尊厳を維持することがあたり前ではないことを思い知らされた。
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劇中台詞の基本は北京語だが、これは中華民国統治下になってから強制された言葉であり、彼ら本来の母国語となる台湾福佬語を喋る場面も頻繁にある。更には日本語も多用されており、主に受刑者仲間内での会話を看守のいる場でする時に使う。大陸側の中華人に伝わらない言語だからだ。日本領土時代後から8年を経過しても日本語に親しみを込めていることは現代にも通じる。数年前の台湾では60代は誰もが日本語が流暢だった。
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絵を描くことが好きな余杏=杏子(ユー・ペイチェン)は、高校時代に読書会に参加して描いたポスターがきっかけでスパイ容疑をかけられ収監された。考えることの罪を訪ね続ける純粋な表情が印象的で、身に覚えのない容疑による受刑者扱いなのに反論するロジックも洗脳に埋没し兼ねない危うさがある。この子を弾圧することに何の意味があるのかとさえ思うほどの純朴さが哀れでならないのだが、後半では陳萍を助けたり、厳さんから「自治とは自分であることそのものであって、台湾人が自分で自分を管理すること」と教えられ、少しずつ信念を持つようになっていく本作で唯一成長する主人公だった。
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陳萍(リエン・ユーハン)は妹を拷問から守るために自らスパイ容疑の罪を虚偽した。モダンダンサーなので収容所でも舞踏団に所属する華やかさがある一方、そこに彼女の魂は既にない。大隊長に“女として囲われる”ことで島からの脱出チャンス伺う強かさの背景には、妹との再会が彼女には唯一の生きる支えだったからだ。その再会場面は本作でも数少ない温もりを感じるシーンだが、それ故にその後の展開の辛辣さには言葉がなくなる。
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産んで間もない乳飲子を残して投獄された看護師の嚴水霞=厳さん(シュー・リーウェン)は、実質的な作品根幹を担う役割として登場する。禁止図書の閲覧が要因で収監されたのだが、読書,勉強,そして自由な発想の大切さを若い受刑者たちに語り継ぐことをやめない。自分を見失うな、洗脳されるな、10やれと言われたら8やればいいからと杏子に諭し、日々の不条理に抗い 媚びることをしないスタンスを一貫する。正義感の強さによって収容所で危険人物として扱われることになるのも覚悟の上なのだろう。子供との再会を餌に血判状を迫られる場面では鬼気迫る表情を見せる。本土で何が起きているかを隠れて情報収集しながらも、時に自分たちを管理する看守を怪我から助けることも厭わない。思考を止めないことが彼女の信念であり、それは最後の最後まで貫かれる。そこで撮る笑顔の写真に込められている精神力はあまりにも重く尊く絶望的。自分の尊厳を高らかに主張する微笑みの写真は、やがて史実の本物の資料写真へと引き継がれ次々と画面に紹介される。このクロージングはあまりにも強烈で居た堪れない心境に追い込まれた。厳さんの生き方は杏子を通じて次代に引き継がれていくと信じるしか救いがない。
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政治犯による厳戒令が解除されるのは1987年で、言論を取り締まる内乱罪が法的に定めらるのは1992年という長い時間が必要だったことは鑑賞後に調べて知った。エンドロール前に出るテロップでは、緑島に収容された政治犯扱いの市民は延べ1万5千人以上、その内1,100人以上が処刑されていると語る。その決定権は全て蒋介石にあり、たった1人の人間が全ての生死を決めていたと作品中で綴られる。海辺に集まって同窓会を行うラストシーンでは、冒頭以外は囚人服でしか登場しなかった杏子を始めとする登場人物たちの私服姿と楽しそうな様子が描写される。第一印象では蛇足感があることが拭えないと感じたこの場面だったのだが、製作陣がどうしてもこのシーンを入れたかったことを後に気付いた。するとここは本作最高の名場面へと印象が変わる。敵も味方もなく思想犯として緑島に収監されていなかったら・・・というタランティーノ的な演出は、故人への哀悼を込めた制作陣の懺悔だったのだ。
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現在の緑島は稀に観光地として紹介されることもある過疎地なのだが、流麻溝十五号の場所にある「国家人権博物館」を検索すると、そこで見られる写真はアジア版アウシュビッツだった。別名では「白色恐怖緑島紀念園区」とも呼ばれている。

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