『胸騒ぎ』(デンマーク, オランダ)
北欧発ホラーはビジュアルやジャンプスケアではなく、心理描写で鑑賞側を追い詰めていくことが多く本作はその最右翼。2組の家族の交流が少しずつ不穏な空気に包まれ居心地の悪さが蔓延していく。この過程がじわじわ且つねっとりと続き、その気まずさがやがて後味最悪のサイコロジカルな恐怖物語として正体を現す。
イタリアの旅先でオランダ人夫婦と偶然仲良くなったデンマーク人夫妻のビャアン(モルテン・ブリアン)ルイーセ(スィセル・スィーム・コク)と、その娘アウネス(リーバ・フォシュベリ)は、数ヶ月後にその一家の招待を受けてオランダの家まで休暇旅行に出向いていた。家長のパトリック(フェジャ・ファン・フェット)妻のカリン(カリーナ・スムルダース)に歓迎されてもてなしを受けるビャアン一家だが、息子のアーベル(マリウス・ダムスレフ)だけは陰湿で深夜に奇声を発するなど不審な素行を見せる。アーベルは生まれつき舌が無い病気による言語障害なので気にするなとパトリックは説明するが、この夫婦の息子に接する態度は異様に厳しく命令的に過ぎるため、ビャアンとルイーセはまずそこから違和感を持っていた。
1日目,2日目とパトリック家で過ごしていると、ひとつひとつは些細なことながらも違和感が肥大して閉塞感が強まっていくビャアン夫婦。週末が終わるまでの辛抱と思っていたのだが、深夜にアウネスがパトリック夫妻のベッドで寝かされていることに気付いたルイーセの方が我慢の限界となり、ビャアンを無理やり起こしてすぐに帰国しようと朝を待たずに車を出した。だがアウネスが大事にしているぬいぐるみを忘れて取りに戻った時にパトリック夫妻と再び対峙。ビャアンとルイーセは急に帰ろうとした理由のことを正直に話した。するとパトリックとカリンは、明日は必ず素晴らしい1日にするからまだ残って欲しいと、もてなしのやり直しを求めてきた。その好意に応じて再びパトリック家での余暇を過ごすビャアン、ルイーセ、アイネスだが、翌日に再び決定的な出来事が発生したことで、今度こそこの家から脱出することを決意する。
他人の家に泊まる時の気遣いや気まずさの経験は誰にでもある。この作品ではその事例を濃淡織り交ぜて描写する展開を長く描く。例えばルイーセがシャワーを浴びている時に、ガラス戸を1枚隔てた洗面室に入って来て歯磨きをするパトリックのデリカシーの無さに、ルイーセはストレスと軽い恐怖を感じる。居酒屋に行こうと誘われて支度をすると、子供は連れて行かないと言って男性のベビーシッターを呼んでアウネスとアーベルを預けるカリン。相手に悪気がないのは判っていても、見知らぬ男に娘を預けることを強制される不安を抱える。ベジタリアンのルイーセに猪肉を強制したり、車中での大音量、マナーの悪さ、居酒屋での破廉恥な振る舞い、酔っ払い運転、そして息子アーベルに対する更なる辛辣な仕打ち。どれも不快でストレスを募らせるのだが、生活スタンスの違いであると言えばそれまでで、非常識だが違法ではない。招かれた側としての遠慮や気遣いが我慢に繋がり、しだいに高まっていく緊迫感によって観ているこちらが耐えきれない。
観ていて思うのは、何か起きるのなら早いとこ始めてくれ!という思いに至るイライラ感から、邦題の「胸騒ぎ」は実に的を射ているのだ。心理的に具合が悪くなるクライマックスは、何が起きたのかは明確に描写されるが、何故そうするのかは不明瞭なまま。パンフレットの解説からは本作の英題が「Speak No Evil」=「悪口を言わない」であり、ここからは「拒否をしないことは受け入れたことだと看做される」というロジックが導き出される。ビャアン夫妻は監禁されていた訳ではないので、本気になればいつでも帰ることができた。1度帰りかけた時もパトリックに呼び止められたが強制はされていない。好意なのだからと我慢して相手の顔色を伺いつつ付き合いを続けてしまったことが「受け入れた」と相手に思われても仕方がないものなのか。パトリックがビャアンに「お前たちが望んだことだ」と言った時、この夫婦の正体をようやく知ることになるも既に手遅れだった。
エンドロールで映るのはギリシャ神話の絵画「ガニュメデスの略奪」で、神の遣いである鷲がトロイア王家出身の美少年ガニュメデスを攫っていく場面が描かれている。神の給仕として使えることになるガニュメデスが、冒頭とラストで無邪気に遊ぶ子供達だと例えることで、この物語はより一層の戦慄を感じるものになる。
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