『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』 (アメリカ)
このタイトルの映画がこれまで無かったのが意外と思えるジャズナンバーの同名曲「Fly Me to the Moon」が、劇中のどこで流れるのか?に注目する。期待するのはアポロ11号が月へ向かう機内で宇宙飛行士がフランク・シナトラ版を聴いたという実話の再現。ところがこの作品はその期待をまんまと裏切り、え?ここで使うの? しかもこの人が!? というまさかの仕掛け。このシーンで今年鑑賞作品中でもトップクラスの好感度となる。
歴史に刻まれる強いアメリカが躍進していた時代の人間模様をスタイリッシュに描く一方で、主人公のロマンスを織り交ぜたハリウッド映画のお手本のような展開は、どこか懐かしくもあり新しくもあり。最高の出会いから一転、反目し合う関係がやがて恋に落ちていくという黄金パターンのラブストーリーが心地よくない訳がない。
NASAの全面協力によって実現した本作のメインロケ地である
「ケネディ・スペース・センター」を筆者は16年前に見学した経験がある。その頃はまだスペースシャトル計画が遂行中で、NASAは世界で最も優れた国家文民機関と賞賛されていた。発射台を肉眼で確認できた時の興奮度の記憶があるだけに、この作品の節々で描かれる管制塔やトランスポーターなどの施設映像は感慨深い。
フロリダ州の東海岸寄りに位置する570K�屬傍擇峭�大な敷地で一番目立つ極めつけは、圧倒的巨大感で登場するVAB(Vehicle Assemble Building)と呼ばれるロケット組立棟。全高160mの1階建てという異質の建造物は劇中でも観光案内場面があり、アメリカ国旗とNASAのロゴマークが外壁に描かれている。その周辺をワニが闊歩する様子はまさに現地で体験したのと同じ。センター敷地内は厳重な入門規制が行われている一方で、野生動物保護区に指定されているため動物の出入りはフリーパス。湿地帯に集まる水鳥とアメリカアリゲーター達には天国で、本作の最も重要な登場キャラである “不吉な黒猫” がセンター内に頻繁に出現するのは、NASAのリアルであることを保証する。
舞台となる1969年当時は、宇宙開拓をソ連に先行されNASAの権威と評判は急落中。1962年ケネディ大統領の月面着陸宣言=ムーンスピーチから8年が経過しており、2年前のアポロ1号火災事故では3人の宇宙飛行士が事故死。多額な国家予算を食いつぶす上に危険リスクが伴うプロジェクトという悪評で、予算も削られ崖っぷちに追い込まれていた。ベトナム戦争が激しさを増し連日戦地の様子が報道されていた当時は、月に行くよりもやるべきことが政府にはあるはずだと世論の批判は高まる。本作冒頭はここから始まる。
アポロ11号物語の裏で暗躍した月面着陸陰謀論。当時の某関係者が月面映像を捏造するアメリカ政府謀略の証拠があると主張した史実を逆手に捉えたフィクション。しかもそれをロマンティックコメディに仕立てる荒業。大統領就任直後に宇宙探査計画作業部会を立上げたニクソンにとって、月面着陸は絶対に成功させなければならない国家最大のミッションだった。失敗した時のためにバックアップ用の別映像を流せるよう極秘計画が進行していたとしたら??
ニクソン大統領の側近的立場に仕えるという政府法人モー(ウディ・ハレルソン)は、PRマーケティングのプロフェッショナルとして活躍していたケリー・ジョーンズ(スカーレット・ヨハンソン)を雇ってNASAに送り込む。資金稼ぎのため各種業界と媒体を繋いだイメージ戦略でNASAの地位と名誉を取り戻そうとするケリーは、宇宙飛行士をビートルズよりも有名にすると意気込む。だがそれはセンターの発射責任者コール・デイヴィス(チャニング・テイタム)の反感を買うことになる。
レストランでの偶然&運命の出会い(いきなり告白する!)で始まったはずのケリーとコールだが、あらゆることに異なる視点を持つ思考と思想は何から何まで正反対。物怖じしないケリーのPR作戦は、取材拒否されたNASAスタッフを代役を使った偽映像でメディアに流すなど手段を選ばない。コール本人の偽物まで用意されて本物は大激怒となり、ベクトルが合うはずもない状況が続く。だが彼女の活動はスポンサー獲得だけに留まらず、資産家の資金援助や政治家の支持工作までをも口説きまくってNASAの資金稼ぎに大きな貢献をみせる。これにはコールも協力せざるを得ず、膨大な予算を食うため国民の反感を買っていたアポロ計画は、いつの間にか国民的なイベントに変貌。ふたりはブランディング活動を通じて心を通わせる関係に進展する。
ふたりの関係を指南する古株エンジニアのヘンリー(レイ・ロマノ)がよい味で、多くを語らないコールの心情や過去をケリーに代弁する役回りが効果的。ただ彼はそれだけに終わらず、ラストに見せ場をしっかり用意しているところにこの映画の良心を感じる。
そんなNASAの現場に再びモーが現れる。新たにケリーに依頼する超極秘の衝撃的ミッション=アルテミス計画。それはアポロ11号が失敗した時に備えて、月面着陸のフェイク映像を製作して世界中に中継すること。断ったり情報をリークしたりすれば政府によって存在を消されかねない。厳戒態勢のケネディ・スペース・センター内の倉庫に極秘で準備されていく「嘘の月面」。ケリーは不本意ながらもその仕事を引き受け、親しい敏腕演出家ランス(ジム・ラッシュ)に監督を依頼し、NASAの施設から月面の情報を盗み出してセットを構築。撮影体制が整ったところでフロリダから去り、偽名を使ってイギリスに出国しようとしていた。
ケリーはモーから「世界中継は最初からアルテミス計画の映像=フェイクを流すことになった」と告げられた。「大統領は知らないが、知れば賛成するだろう。アメリカがソ連に勝つためには、この月面着陸は何が何でも成功させなければならない。それが世界を変える原動力になるのだ。」
イギリスに逃げるケリーは、唯一このプロジェクトを打ち明けて協力を得ていた助手のルビー(アンナ・ガルシア)から受け取っていた餞別を空港で開封する。そこにはNASAで出会った仲間たちとの思い出がスケッチされていた。
真実の意味と重要性を一貫して説き続けるこの物語の骨子は、月面着陸のフェイク映像騒動だけではない。美貌を武器に詐欺まがいの広告屋を続けてきたペテン師・ケリーの生き方そのものが鑑賞側の苛立ちと同情を綯交ぜにさせる。製作に名前を連ねるスカーレット・ヨハンソンは、企画プロデュースの立場から関わっており発起人的な存在。ダン・ギルロイの娘ローズ・ギルロイによる脚本を読んだところで「この役は誰にも渡したくない」と自らの主演を主張したという。
ケリーという主人公は後半の重要場面で自分の名前が偽名(本名はウィニー)であることを告白するなど、彼女が背負ってきた生きる術は常に真実に背を向けることで成功を得てきた。そしてその代償として母親を犯罪者にしてしまうという過去も独白される。モーの依頼を引き受けたアルテミス計画は結果的にその集大成となり、全世界に嘘をつくプロジェクトに挑むことになるのだが、NASAで出会った仲間とコールの生き様は彼女が見失っていたものを気付かせる。「最大の嘘は自分自身にたくさんの嘘を付いたこと。誠実な生き方を知った今はもう逃げたくない。願いを叶えるために嘘を付くのはこれが最後。」
ケリーはアルテミス計画をコールに打ち明ける。NASA発射責任者であり月面着陸に真摯に取り組む彼にとって、このフェイク映像制作は本物のアポロ11号プロジェクトの失敗を示唆するもの。コールは2年前のアポロ1号事故によって失った3人の宇宙飛行士の十字架を背負っている。本来は優秀なパイロットだったコールこそが宇宙飛行士に選ばれるべき人材であったのだ。激怒するコールだが、これによって自身が反対していた月面着陸映像のリアル中継を行わない訳にはいかなくなった。偽映像を阻止するためには本物の映像を流すしかない。ケリーとコールは結託し、エンジニアのスチュワート(ドナルド・エリース・ワトキンズ)とドン(ノア・ロビンズ)の協力を得てアポロ11号にとある仕掛けを行う。かくしてアポロ11号は発射の時を迎えカウントダウンが始まった。同時に嘘の月面着陸映像を世界に中継する準備も着々と進行する。
月面着陸陰謀論を題材にしているのに、NASAの全面協力がなければ成立しなかったこの作品。ロケ地のみならず当時のニュースや実際の記録素材であろうアーカイブ映像がふんだんに使われていることで全編に説得力がある。一方で突拍子もない展開もいくつかあって、アポロに搭載するカメラの部品交換に市販のカラーテレビが必要とかもそうだが、特に元空軍パイロットのコールが、愛機P-51マスタングの後部席にケリーを乗せて議員宅まで飛行する場面は、非現実的な展開を強引に捻じ込んでロマンスボルテージを最高潮にさせるエンタメ性を優先。
これは映画ですよ〜をにこやかに主張している良い意味の開き直りが楽しい。スカーレット・ヨハンソンのこれみよがしな60年代ファッションも、楽しいのだからありでしょ?の精神が伝わるし、映像的にも背景だけを早送りにして手前の人物と速度を変えたり、スクリーンを分割する今どきの手法をレトロの描写に使い込む等々。そもそも冒頭でのコールが爆発で吹っ飛ぶところからがアニメ的で、この作品の意図を最初に宣言しているようにも感じる。尚 “不吉な黒猫” はCGは一切使っていない全部本物の猫の演技だそうで、都合3匹の黒猫がそれぞれの得意な仕草を場面に合わせて使い分けているとのこと。
アポロ11号発射に向けたカウントダウンから始まる高揚感は、以降をノンストップで喜怒哀楽の全てを網羅したクライマックスへと導く。月面着陸の生中継は真実か偽物かというスペクタクルをユーモアとシリアスのバランスを保ったまま着地させ、ド定番の王道を正面突破で見せつける、古き良きアメリカに憧れた世代にはたまらない大団円。
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