mixiユーザー(id:4380531)

2024年02月18日21:40

333 view

映画『シック・オブ・マイセルフ』

『シック・オブ・マイセルフ』(ノルウェー,スウェーデン,デンマーク,フランス)フォト
他人から自分がどう思われているかという意識は、文化人が持ち合わせる普遍的な感情であり、それが自己の承認欲求となることはある意味自然。この感情を上手にコントロールすることによって仕事や趣味を昇華させるエネルギーへと繋がり、それは豊かな人生を手に入れる導きへと繋がるエモーショナルなもの。だが時にそれが人生の破壊へと繋がっていく厄介な自己顕示欲となって、猪突猛進が停められないのが本作の主人公。
フォト
他人からの注目と賞賛を求め続け、それが満たされないと不安で仕方がないシグネ(クリスティン・クヤトゥ・ソープ)は、同居している恋人のトーマス(エイリック・セザー)がアーティストとして評価されたことに嫉妬し焦燥感を抱き始める。その捌け口はいとも幼稚で、トーマスを囲むパーティー席でナッツアレルギーだと嘘を付き、周囲に心配されることで自己満足するレベル。これは社交不安症と言える段階であり病気に近いステージ。バイト先のカフェで犬に襲われた老婦人を手助けし、周囲から賞賛され注目を浴びたことに快感を覚えたシグネは、その血まみれの制服姿のまま街を歩き、友人との集まりでもことある毎にこの話題でマウントを取ろうとする。
フォト
“とにかく注目されたい”というシグネの承認欲求は、トーマスも含めた知人たちが彼女を敬遠していくことにも繋がっていくのだが、この時点では本人も周囲も事態にブレーキをかける術がない。ここから彼女の悪癖は更にエスカレートしていく。ネットで発見したロシア製の抗不安薬物「リデキソル」の副作用が、身体に湿疹が出る皮膚疾患であることを知ったシグネは、外見で注目を浴びる手段を狙って服用を始める。すぐに副作用効果が出ないことに苛立つシグネは、追加で大量にリデキソルを摂取していくことで皮膚病発症を故意に誘発する。彼女の顔は湿疹だらけの醜い顔へと変化し、その画像をSNSで晒すことでメディアの注目を浴びた。
フォト
これをきっかけにニュース番組にも出演する有名人に・・・というシーンはシグネが思い描いていた妄想映像で、以降ここから度々彼女の脳内で自分が賞賛を浴びるという妄想エピソードがインサートされていく。例えばメディアの注目を浴びて雑誌の表紙を飾り、トーマスが売れっ子のシグネとの共演を頼んできたり、見舞いに来なかった親友や父親をこき下ろし、全てが自分を中心にして世の中が動くことを望むシグネの思考は凄まじい。自伝の著書を執筆してベストセラー作家になるというありがちな白昼夢もあるが、極めつけは自身の葬式を妄想するところ。死後どれだけ自分が注目されるかを思う場面はとりわけ異常。
フォト
友人に新聞記者がいたことで、今度は本当に現実のタブロイド紙の表紙を飾ることになったシグネ。1面に大きく飾られた湿疹だらけの自分の顔写真がよく見えるように、売り場の陳列を並び替えて満足げな記念写真を撮る場面など、虚栄の限りを思い描く承認欲求は恐さを超えてあまりにも哀れ。しかし誰もが多少は心に持つ「他者に賞賛されたい」という願望が暴走するこの寓話は、完全なる他人事とも言い切れないところがあるのも本音。
フォト
片手の無い女性をモデルとして売り出すなど、多様性にフォーカスしたモデル事務所から誘いを貰ったシグネは、グラビアデビューのチャンスを得る。だが副作用による顔の傷は更に悪化しており、髪の毛が抜け始め吐血までする酷い状況のため、事務所側も受け入れきれず事態は深刻化を辿っていく。それでもリデキソルの服用を止めないシグネの胸中はいかに。彼女の暴走は笑って観るだけでは済まされない精神の闇。自分で自分を認められない究極の思考こそがシグネの正体なのだが、現実世界ではここまで酷い人格者はいないだろう。彼女が最後に辿り着く場所は伏せておくが、そんなシグネを受け入れてくれる環境は存在する。生きることは難しく、生きていることだけで感謝に値するという心理を逆説的に語るノルウェーからの物語は、承認欲求を否定している訳ではない。それを確認したり証明することが陰湿な思考なのだということに気付けるかどうかが大切だと言いたいのだ。
フォト
宣伝キャプションではホラー、コミカルなどという単語が使われているが、自分の視点では共感性羞恥を極めてシニカルに掘り起こすという他類ない作品と思った。2022年のカンヌ国際映画祭では「ある視点部門」でピックアップされている。クリストファー・ボルグリ監督は長編2作目だが、1作目『DRIB(原題)』は日本未公開。この特異な作品センスは見逃したくないので配信ででも是非輸入して欲しい。同監督の次作は日本公開も決まっている『ドリーム・シナリオ』というタイトルで、ニコラス・ケイジ主演による“邪悪コメディ”と銘打たれている。

<映画レビューを切通理作さんのメルマガ内にて連載しています>
月2回配信、購読開始から1ヶ月無料
http://yakan-hiko.com/risaku.html
切通理作編集メールマガジン『映画の友よ』
【 料金(税込) 】 660円 / 月
【 発行周期 】 月2回配信
【 最新発行日 】2024年1月31日
映画の友よ Vol.238
<『市子』『哀れなるものたち』>
映画の友よ Vol.239
< 『i ai』『エンドロールのつづき』『対峙』『FALL/フォール』>
10 10

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2024年02月>
日 月 火 水 木 金 土
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
2526272829  

最近の日記

もっと見る