『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』(アメリカ)
赤い満月の夜、精神病院に12年間隔離監禁されていた少女、モナ・リザ・リー(チョン・ジョンソ)が覚醒した。拘束されて感情の失せた眼差しのアジア系少女のモナは、監視員の白人女性に憎まれ口を叩かれながら乱暴ぎみに足爪を切られている「私はお前の汚い爪を切って得た金で、自分の爪をネイルするのよ。アンタわかってるの?」。
だが他人の肉体をコントロールする能力を身に付けたモナは、監視員を眼力で操り自損行為をさせて殺傷する。激痛に絶叫する監視員を尻目に精神病棟から脱出するモナ。途中で出くわす黒人監視員にも、手を触れずに凝視するだけで自らを壁に叩きつけさせる。
毒々しい空気感に呑みこまれホラーエッセンスたっぷりに始まるこのプロローグ。アナ・リリー・アミールポアー監督は“次世代タランティーノ”の異名を持つ新鋭らしい。確かに初期のタランティーノ作品に通じるポストモダニズムな味わいが漂うのは感じた。
観終えてすぐに同監督の長編1作目『ザ・ヴァンパイア 残酷な牙を持つ少女』も配信で鑑賞。悪人を吸血鬼のように襲い殺す少女と、青年の出会いをホラー且つエモーショナルに綴る全編モノクロ映像は奇を衒った効果音と音楽が印象的。独自の世界感を映像表現するところは、タランティーノというよりジム・ジャームッシュのシチュエーションを感じた。この特徴は『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』でも継承されていて、多様されるダブステップやグランジロックがニューオリンズの喧騒の街と闇にフィットする。
感情が読めない無表情のモナが特殊能力を得た経緯どころか、そもそも何者なのかも説明はない。里親が見つからず移民申請が許可されていない外国人扱いのモナだが、恐らく北朝鮮からの脱北者であろうという想像は、病棟職員の差別的態度で伝わってくる。教育を受けていない12年間の隔離独房生活では社会のしくみを理解する術もなく、ひたすら自由を求めて居場所を求め続けるモナの行動は切ない。
薬物と暴力が蔓延るニューオリンズの警察官たちに「少女が精神病院から逃走、危険人物につき警戒せよ」という指令が飛び、モナの顔写真が配信される。目的もなく仲間でたむろする全身タトゥーの大柄青年ファズ(クレイグ・ロビンソン)と遭遇したモナ。
ファズは自称DJだが真っ当な仕事をしている輩には見えない。所持金無しでコンビニからスナック菓子を持ち出そうとして店長に捕まったモナを助けたファズは、下心が見え見えの口説き文句で彼女にキスを迫る。なにをされても無表情のモナだが、ファズが着ていたシャツを脱がせて、自分の血だらけの拘束服から替えた頃に、パトロール中のハロルド巡査(クレイグ・ロビンソン)がモナを発見する。警察官の登場にファズは早々に退散し、ハロルドはモナを保護しようとするが、彼が取り出した手錠を見て「あそこ(精神病棟)には帰りたくない!」と叫び特殊能力を発揮する。ハロルドは拳銃で自らの右足を撃ち抜いてしまう。
ハロルドから逃れたモナは、行く当てもないままダイナーで見知らぬ女に喧嘩を売られていたボニー・ベル(ケイト・ハドソン)と出会う。ストリップダンサーのボニーはモナの特殊能力に驚き、自宅に匿ってその力を使った金儲けを企み始めた。
部屋にはボニーのひとり息子チャーリー(エヴァン・ウィッテン)もいるが、毎晩派手な化粧で仕事に出ていくビッチな母親とチャーリーの関係は明らかによろしくない。一方でモナとチャーリーは互いに不遇な境遇を労り合う意識が芽生えていく。
モナの特殊能力で客から有り金を巻き上げるボニーの企みは成功。手段は更にエスカレートして他人のATMから金を引き出して奪うという犯罪に手口を拡げるボニー。松葉杖姿で執念の捜索を続けるハロルドは、監視カメラ映像からボニーとモナの繋がりを確信する。
予告編では“挑発的”“中毒性”“予測不能”という煽り言葉に「あの女は、まるで悪魔だ」という台詞も含めてサイコサスペンスを彷彿させるが、本編を観ると実際はもっとエモーショナルな物語だということが判る。本作の面白さは特殊能力を持つモナが、純真無垢で子供となんら変わらない一知半解なキャラクターであるところ。序盤のホラーテイスト演出は中盤以降すっかり無くなり「自由になるんだ。力を抜いて解き放つんだ。」という思いを胸に、友情とも初恋とも違うチャーリーとの逃避行劇が始まる。
モナがニューオリンズに来て最初に言葉を交わすファズは最初「薬か男か金か?」と言いながら菓子を買ってやった見返りにキスを求めてくる態度に嫌悪するが、これが後半で再登場すると一転、モナとチャーリーの逃走補助役をすることになり身分証明書の偽造まで斡旋してくれる。前半と同じようにモナにキスを迫るのだが、まったく同じシチュエーションなのに前半場面のそれとは違う好意的感情がこちらに芽生え、誰もが前半の見た目で判断した印象をスクリーンに謝罪したい気持ちになる。ファズの容姿に無意識に偏見を持っていたと気付かされる演出の巧さ。
前半のモナは同名の有名肖像画モナリザのようには決して微笑まない。それだけに後半の散髪されながら終始笑顔を絶やさない表情がたまらなく愛おしい。モナに操られた登場人物たち同様に、鑑賞側もチョン・ジョンソの瞳に操られているのだ。このまま3人で逃げて欲しいと思う反面、恐らくこの後は警察のみならず背後の組織が動き出すに違いないと予感できるし、モナが自由でいられる場所はニューオリンズにはないことは察しがつく。
物語の基軸であるはずのモナの特殊能力は終盤では使われない。実はそこに焦点はなかったという驚きと共に、活劇的なクライマックスとしては物足りないままなのも事実。だがチョン・ジョンソとエヴァン・ウィッテンのピュアな演技の素晴らしさに、ある場所ある瞬間で大きな決断をするチャーリーに涙腺崩壊するだろう。その前に見せる大粒の涙とモナとのハグは出色の名場面。
社会からドロップアウトして裏世界で生きる連中が、それぞれの思惑でモナとの関わりに相互作用を起こしていくダーク群像劇。冒頭で流れるナット・キング・コールの「Mona Liza」は異世界招待への演出として効果的ではあるが、モナ・リザと名前が同じ由来なり理由なりもラストまで不明のまま。敢えてやり残しを散見させているように感じられるのは、つまり続編があってしかるべしということか。モナの正体明かしを中心にチャーリー、ファズ、ボニー、ハロルドの再登場に期待。字幕表記では違っていたが、ファズも「続編で会おう」と言っていたような。
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