mixiユーザー(id:24575266)

2023年12月06日01:48

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文章


試練を通り抜けても男は、
自分の現在の状態、一体どの様な感情にあるのかが、
白紙の様に分からなかった。
時間が要るのかも知れないし、
試練の章が形を変えて続くだけなのかも知れなかった。

試練のピーク後に現れた、
優しい気持ちや感謝の念が消えてしまったわけでは無い。
しかしその後も容赦無く淡々と続く日常の現実に、
よろこびが感じられ無い。表彰状が出るわけでも無い。
小さな事柄の幾つかが胸に淀んだ水溜りを作り、
それが男を容易く憂鬱にさせ、時には苛立ちにもなるのだった。

男は座れた夕刻の電車で、
鞄から数日前にふとジャケ買いした小説を取り出し、
最初の頁に目を通してみる。

ラノベの様な読み易さで始まり、
ラムネを飲む様に頁を進められる。

気付けば降りる駅だった。
最近乗り物でやっと数頁だった男の読書。
しかし久し振りに、
読み進めた頁数が乗車距離に勝る感覚があった。

しかも読み易さだけで無く、
内容には何か響くものがあり、
男は少し胸の震えを感じていた。

12月の冷え切ったホームに降り立つ。
乾いた胸が少し文章で潤ったのを感じながら、
男は夜空の下、冷えた地面の感触を確かめる様に歩き、
帰路を急ぐ雑踏の中にのまれて行った。





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