朝のおじいさん散歩。
まぁ50分ほどのうち、20〜30分くらいは走っているんだけど。
散歩のお供は磯田道史『家康の誤算』。
今、大河でやっているし、著者自身大河の開始に合わせたんだろうけど『徳川家康 弱者の戦略』という本を出していたけど、そちらは興味がわかなかった。
ただなんとなく、こちらは読んでみたくなってさ。
徳川の世は300年近く続いた。
それを築いたのは徳川家康という武将であるわけなんだけど、それくらいの人であれば当然毀誉褒貶、清濁いろいろあるだろう。
俺が興味を惹かれたのは、どういう考えを持ってそこまで続くシステムを創り上げ、さらにそれが年月を経るうちにどう劣化し、崩壊したか、だったんだよね。
江戸時代という時代そのものにも、評価される面、評価されない面あるだろう。
一時いわれてた江戸しぐさというのは、フィクションだという話もある。
出口治明氏の本を読むと、江戸時代は停滞期だったということを言っていた。
養老孟司氏とかは、江戸時代を評価する側じゃないかな。
で、本書。
予想以上に面白かったし、刺激があった。
読んでいて思ったのは、歴史のうんちく的なことってあんまり興味はないんだよね。
ある事象について、どのような考え方で成立し、そしてそれがその後にどういう影響を与えたか、場合によっては現代の自分の生活にいたる影響まで語られるととても面白いと思う。
本書の磯田氏によれば信長、秀吉は人間は死んだら同じだという思想で動いていたという。
だから、より我を強くし、より大きなことをしよう、と外に出る方向にいく。
一方で家康。
人間は死んでも終わりではない。
家というものによって、永続すると考える。
将軍は代々将軍であり、大名は代々大名として続き、商人は代々商人として続く。
四代目越後屋与兵衛とか、名前さえも同じように続けていくんだよね。
それは戦国時代、下剋上の時代を生き抜いた家康が、平和を願うところから生まれた思想といえなくもない。
でも、下層に生まれると代々下層ということになって、それは閉そく感を産むじゃないかなぁ。
書きながら気づいたけど、インドのカーストもそうやって生まれたのかもしれない。
身分が固定されて、平和にはなったのだろう。
一方で社会は世界に比べると停滞した。
それが江戸時代、あるいは家康の功罪だったのかもしれない。
本書の末尾に、小学校の卒業文集で「国のために死ね」という言葉を、子どもに贈った校長の話が出てきた。
その話を読んで考えたことを書きたかったんだけど、時間がなくなったので、またいずれ。
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