『グランツーリスモ』(アメリカ)
2作品をハシゴ鑑賞。どちらも黒人系主人公による実話ベースのアメリカ映画だが、その輝かしき物語と怒りと虚しさが残る悲劇という落差があまりにも対照的。
ヤン・マーデンボロー(アーチー・マデクウィ)青年がレースシミュレーションゲームプレイヤーから本物のプロレーサーになる過程を描く『グランツーリスモ』。ゲーマーを本物のプロレーサーとして育成するため競いあわせて選抜するプログラム「GTアカデミー」で、過酷なトレーニングに挑戦し数々のアクシデントと弊害を乗り越えて栄光のル・マンのゴールを目指すヤンのサクセスストーリーは、平等に与えられた競争世界のハードルに立ち向かう物語であり、そこに人種差別や学歴格差、家柄や資金力などに付随するハンデはない。
プロ推薦最終選考レースでヤンはぎりぎりの僅差で勝利する。だが、アカデミー発起人のダニー(オーランド・ブルーム)は「ヤンはインタビューで躊躇するなど華がないので推薦者には向いていない」と言って、僅差で2着だった白人青年を推奨すると言い出す。これに対して指導員のジャック(デヴィッド・ハーバー)は「勝った者が権利を得る」と反発し討論となるのだが、サーキットで結果を待つ生徒たちへのアナウンスは、レース結果通りヤンが推薦者になったと告げる場面。ここでは極めて平等でフェアな実力勝負であることを印象付ける。
癖の強い過激作『第9地区』のニール・ブロムカンプ監督が、ここまで正統派のアメリカンドリームを扱ったことには驚いた。ハリウッド映画お得意のエンタメ性たっぷりの物語に仕上げ、最初から最後まで息切れなく楽しめる満足感あり。描かれる世界は万人に平等な社会を下地にしたアメリカンドリームで、才能と努力しだいで誰でも夢を掴みとれることを明確に伝える健全性とポジティブな後味が素晴らしい。
チーム・ニッサンが中心に描かれるので、たびたび日本のロケーションがストーリーに絡んでくるのも楽しい。ダニーは日産の社員でGTアカデミー設立に向けて本社の承認を得ようと東京にやって来る。日産幹部はゲーマーをレーサーにする提案に失笑するのだが最終的にGOがかかる決断をくだす。そこには元々のシミュレーションゲームが日本製(ソニー)だったことも起因するのだろう。ゲームの製作指揮をと山内一典(平岳大)も登場し、実際のレースからデータ収集することでシミュレーションゲームを仕上げていく10年の歳月を要約して語られる。ヤンも念願だった東京に行く夢を実現して東京の街を満喫する。
『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』(アメリカ)
『グランツーリスモ』でヤンがGTアカデミーに優勝した2011年に、同じアメリカで発生した黒人男性が白人警官に殺害された実話を描くのが本作。元海軍兵の老雄ケネス・チェンバレン(フランキー・フェイソン)が自宅で眠っている時に、誤って医療用緊急通報装置を作動させてしまうところからこの悲劇は始まり、作品は実際の経過時間と同じリアルタイムで進行する。
ケネスは独り暮らしで双極性障害を患っているため医療通報器を装着しており、セキュリティサービスから装置を通じて音声連絡が入るのだが就寝中のため返答ができない。セキュリティ会社は緊急事態と判断し地元警察に現場での安否確認を依頼する。やがてケネスの自宅に3人の白人警官パークス(スティーブ・オコネル)、ジャクソン(ベン・マーテン)、ロッシ(エンリコ・ナターレ)が訪れ、ドアを叩いてケネスの生存を確認しようとする。
通報は間違いだったから帰ってくれと玄関ドア越しにケネスは伝えるのだが、警官達は部屋に入って確認をさせろと主張。過去に警察による理不尽な仕打ちを経験しているケネスはそれを拒み続ける。不信感を募らせた警官たちは態度がしだいに高圧的になり、ケネスが薬物を所持しているから部屋に入れないのではないかと疑い、ドアを開けなければ強行手段に出ると脅しを始めていく。
実話の再現フィルムのように展開するので、ケネス自身が体験している恐怖心を観ているこちらも同時進行で共有する。パークスとジャクソンの言動には人種差別と社会的弱者への偏見意識が常に見え隠れしており、ケネスが元海軍兵だと判明するとジャクソンはしめたという顔までする。英雄視する気持ちなど微塵もなく、元軍人は武器を扱える危険人物だと解釈できる言い訳ができたからなのだろう。もうひとりの警官ロッシは穏健派で強行手段に反対するが、新米のため怒号されるだけで意見は通らない。窓側からケネスに顔を見せて話し合いに持ち込もうともするのだが、他警官に邪魔をされて失敗に終わってしまう。
国民を守り秩序を保つ立場であるはずの警察官が、権力を笠に暴力を振るうという顛末は、日本の常識では現実離れしているとしか思えないのだが、製作総指揮としてクレジットに名前を連ねるモーガン・フリーマンは「これがアメリカ差別社会のリアルである」と訴える。警察官が居ることは安心ではなく脅威だという心理が日本ではピンとこない(もちろん自分が犯罪者なら別だが)。
相手が黒人、自分が白人というだけで無意識に(?)高圧的になる警察官の態度は、マイクロアグレッションという意味で他人事ではない。これは『マイスモールランド』で学んだことだが、普段の生活でも無自覚な差別は日常茶飯事なのだ。
今月鑑賞した『福田村事件』は時代背景的に極端な事例ではあるが、日本人が持つ差別意識の極限は紛れもない史実であり、そのストーリーの骨子は『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』と同じである。偏見による先入観に、更に怒りの感情が注ぎ込まれた時、集団の狂気は一気に爆発する。
今年鑑賞の作品では他にも『ソフト/クワイエット』というアメリカ映画がある。白人至上主義の女性サークル集団が、アジア人姉妹への嫌がらせをエスカレーションさせていく展開を、加害者視点から描くのがポイントの作品。日本でもヘイトクライムが散見される昨今、問題を起こす側の初動はほんの些細な行き違いから始まることを痛感させられる。
多民族国家アメリカの闇はより根深く、驚きなのはラストの補足解説で、ケネスを殺害した警察官に法的処罰が適用されなかったという事実。エンドロールでは録音テープによる実際の音声や写真が画面に流れる。最初から最後まで嫌悪感が先立ち、鑑賞後には怒りと虚しさしか残らない。
皮肉というべきか『グランツーリスモ』でもエンドロールでは実際のヤン・マーデンボローの栄光の写真が紹介される。映画化された近代アメリカの光と闇の両極端を観て、何を感じて何を得るのか。外国人であふれる昨今の渋谷の街を歩きながら思いは巡る。
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