『Pearl パール』(アメリカ)
史上最高齢殺人鬼が棲む屋敷に紛れ込んだ若者達の惨劇を描く80年代テイストホラー『X エックス』(2022年)の前日譚となる物語。前作ではヒロインのマキシーン役だった主演ミア・ゴスが一人二役で殺人老婆パールも演じていて驚かされたのだが、今回はその60年前となる若かりし新妻時代のパールを彼女が演じる。老婆パールは特殊メイクを施していたので、素顔という意味ではマキシーン役のミア・ゴスが今回も主演だと紹介するべきか。クレジットを見ると彼女は今回、脚本と製作総指揮にも名前を連ねている。
『X エックス』より60年前の1918年となる同じ農場の屋敷。若くして結婚したパール(ミア・ゴス)だが夫は戦争に出征中。彼女は全身不随の父親(マシュー・サンダーランド)、異常に厳格な母親(タンディ・ライト)との3人暮らし。人里離れた農場で母の厳しい目に晒される毎日だが、映画スターに憧れるパールは家畜たちを観客に見立てて厩舎でこっそりダンスの練習を行っていた。ある日、義理妹のミッツィー(エマ・ジェンキンス・ブーロ)から、村の教会でダンスタレントのオーディションがあることを知らされ興奮するパール。合格するのは自分に決まっていると信じて疑わない彼女は、都会に出て映画スターになることを夢見ていた。
狂気殺人劇を全編ザラついた画面と暗めの基調で描いた前作に対し、今回はまったく正反対の明るい原色(特に赤)を多用して鮮やかさを演出した画面作り。作風を変えることで、同じシリーズであることに敢えて違和感を持たせる。ファンタジックで牧歌的に始まる導入部は音楽も穏やかで美しく、家畜に名前を付けて声をかけながら世話をするパールが可愛らしい。
だがそれも束の間、突然なんの躊躇もなく鵞鳥を虐待するパールの異常な行動。前作で強烈な印象を残した沼地に潜むアリゲーターも登場。ここで70年代風アバンタイトルが出て作品の空気は一変する。母親から一挙手一投足を諫められ、農場から出ていくことは絶対に許されないと抑圧されるパールに、経済的な苦労と夫の介護に明け暮れる人生を強いられてきた母親は捌け口の全てをぶつけてくる。日々の生活に限界が生じた時、パールの狂気は内面から表側に逃げ場を求めて動きだす。
タイ・ウェスト監督/脚本は前作と今回、更には3作目も手懸ける予定のシリーズ仕掛人。60年後の前作へと繋がっていく物語を、異なる世界感で味付けしているところが最大の特徴で、直接的な惨殺描写は避けぎみにして、グロさやスプラッター的インパクトでの着地を選んでいない本作は、パールの精神崩壊過程に焦点を絞っている。なにしろ鑑賞側は60年後の彼女を知っているのだ。沼地で死体を処理するアリゲーター、沈められる車、ブロンドヘアを忌み嫌う理由など『X エックス』に繋がる伏線が数多あり。
ダンスオーディションでパールが踊りだした瞬間からカーテンが落ちて始まるショータイム。躍動感に溢れた往年のミュージカル映画を彷彿としつつ、パールの表情には狂気の気配がつきまとい、華やかさと恐怖が両立する絶妙な雰囲気を醸し出す。人間が狂っていく過程をパール本人が自覚していると判ってしまう独白シーンは圧巻。
インテリジェンスな殺人鬼の誕生を見ている気がする戦慄の約7分長回しは、血に染まったシリアルキラーに変貌していく葛藤を赤裸々に語り尽くし、クライマックスで起きるであろう更なる悍ましい結末を予感させるのには充分な説得力。斧に手を伸ばしてゆっくりと標的に向かって歩き出すパールの狂騒と、命の危険を実感しながら恐怖の余り逃げ足が鈍ってしまう獲物側の気持ちが伝わる終盤。
牧歌的な農場景色をバックにしたロングショットはアングルも含めて絶妙で、前作へのオマージュも含めた長閑で奇妙な惨殺シーケンス。そしてエンドクレジットで強張る笑顔を永遠と続けるパールの表情が脳裏に焼き付いて離れない。アイリスアウトまで目を反らさずに観終えることができたら確実にトラウマになるだろう。
<映画レビューを切通理作さんのメルマガ内にて連載しています>
月2回配信、購読開始から1ヶ月無料
http://yakan-hiko.com/risaku.html
切通理作編集メールマガジン『映画の友よ』
【 料金(税込) 】 660円 / 月
【 発行周期 】 月2回配信
【 最新発行日 】2023年9月30日
映画の友よ Vol.230
<宮崎駿の世界〜『君たちはどう生きるか』編その3 これは「英雄物語」なのか?>
<『グランツーリスモ』と『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』>
ログインしてコメントを確認・投稿する