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2023年09月16日15:03

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映画『こんにちは、母さん』作品レビュー

映画『こんにちは、母さん』作品レビュー
 
■先ずは語らしてくれぇ〜(^^ゞ
 懐かしい『寅さん』の世界が帰ってきました。
 「男はつらいよ」から変わらぬ下町の人情描写も、今やファンタジーめいてしまいましたが、ある種の理想郷として羨ましいものです。そして、作り込んだセットといいメリハリを利かせた演出といい、なくしてほしくない日本映画の粋が凝らされているのが本作です。
 下町とは元々、城下町のことだという説があります。しかし、今では「庶民が暮らす町」との意味で使われています。そのイメージを作り上げた一人が山田洋次監督といっていいでしょう。山田監督は、庶民の町としてある意味ユートピア的な「下町」を描き続けてきました。新作の舞台も、隅田川沿いの「下町」です。東京スカイツリーがそびえ立つ東京・向島です。
 そして 日本の監督で《品格》といえば、まず山田監督があげられることでしょう。なにより芸術家を気取らないし、職人ぶるより観客の視線を忘れない監督さんです。
 これは、その山田監督の最新作です。今月13日で満92歳、これが監督作90本目という。そんな老大家が、このような巧緻で瑞々しい作品を手掛けるとはただただ感嘆するしかありません。

■ストーリー
 主人公の昭夫(大泉洋)は、丸の内にある大企業の人事部長。同期の友人がリストラされると知りながらどうにもできず、会社勤めがほとほと嫌になっています。妻とは離婚協議中で、家を出てひとり暮らし。大学生の娘(永野芽郁)との関係もうまくいっていません。 
 ある日、昭夫は向島の実家を訪ねます。そこには母の福江(吉永小百合)が、細々と足袋店を営みながらひとりで住んでいました。ところが福江は以前と違い、髪を染めておしゃれをしていました。恋愛までしているようなのです。
 時が止まったような福江の店には、様々な人々が集まってきます。ホームレスを支援するボランティア団体の仲間たち。そのグループのまとめ役の牧師、荻生(寺尾聰)がそのお相手。昭夫は母親の変わりように大慌てです・
 実家には、他に昭夫の娘で大学生の舞(永野芽郁)が、家出して福江の元に身を寄せにやってきます。さらには、リストラを宣告された会社の同期まで、昭夫に文句を言いにやって来てひと暴れするのです。

■解説
 『男はつらいよ』を彷彿させるドタバタ劇を、山田監督は江戸落語のようににぎやかに、テンポよく語かけてくる本作は、寅さんファンとして凄く心地いいものでした。
 日本の母親を山田監督が描くのはこれで三作目。下町の人情を背景に福江の恋模様を描くコメディーですが、それだけではありません。山田監督は現代社会に強いまなざしを向けて、企業の非情さや働くことの意義、老いの不安、戦争の傷痕まで織り込んだのです。
・福江と教会の牧師との高齢者の恋と下町情緒
 メインとなるのは、ぎこちなくお互いを思いやる福江と教会の牧師との高齢者の恋。切々と描かれます。そして寅さんが福江に乗り移ったかのような、恋の結末。山田監督ならではですね。
 そんな福江の日常を描く下町情緒にも抜かりがありません。例えば、鍵をかけずに留守にした福江の家に、ボランティア仲間が勝手に上がり込み、お茶を飲んでいたりするのは下町ならではでしょう。
 そこかしこのユーモアの程もいいです。俳優の扱いもうまいものです。昭夫が重役に“啖呵”を切るくだりの、大泉のなんとかっこいいことでしょうか。福江が荻生に告白めいたことをほのめかして“冗談よ”と言う場面の、吉永のなんとかわいいことでしょう!

・人員削減に悩む息子〜大きな組織の非情
 つぎの要素としては人事部長という立場と友情の板挟みとなる昭夫の苦悩が描かれます。昭夫は、会社では人員削減の責任者として悩んでいました。そこに学生時代からの親友で同期入社の木部(宮藤官九郎)も対象となっていることが判明し、木部からから何とかならないのかとにじり寄られるのです。
 昭夫は、人事部長として人を切る側となります。しかし福江はこう言うのです。「切られるほうが良かった」。息子は「切る」仕事に疑問を抱きはじめます。母に近寄ったかに見えますが、そうではありません。
 この件で、山田監督の演出のいいところは、リストラを大企業の横暴と断罪しないことです。ひたすら昭夫を悩ませ、人を切る側の辛さを滲ませることで、大きな組織の非情を観客に感じ取らせようとするのです。

・母と息子の関係性

 さらに全体を通じて描かれるのが、一人前に社会人となった息子と、年老いた母の関係性です。
 人の生き方とは何か。90歳を超えた山田監督は、これまで長きにわたって、そのことを描き続けてきました。本作は、そこから一歩も二歩も踏み出しています。母と息子の関係性の中に、ちょっとした距離があるのです。うまくかみ合わない、修復されたように見えて、そうはならないのです。象徴的なシーンは、後半の酔った母が本音をぶちまけるところ。昭夫は深く考えず、微妙な態度を見せます。グサッとくるシーンです。
 またリストラのことでどうにもならず追い込まれていた昭夫に、「ここは母さんの出番だね!」と福江が立ちあがるところでは、たとえ何歳になっても、母親は母親なんだと思わせれてくれました。
 映画を見た人はご自身のことを振り返るのではないでしょうか。母と息子の双方にまたがって、ご自身の生き方を痛切に思われることでしょう。受け止め方は年齢、性別によって違います。心が引き裂かれる人もでてきましょう。わたしも、そうでした。わが母のことをよく分かっていませんでした。それは正直辛いことに感じたものの、映画を見る幸福がはここにあると思います。
 映画が終わった帰りの道すがらも涙が止まりませんでした。映画に関連して、近年亡くなった自分の母のことを思い出したからです。もっと多くの人が本作に接してほしいものです。

・滲ませる現代社会に強いまなざし
 山田監督の作品には、社会的な問題点を間接的に浮かび上がらせる演出に長けています。例えば本作でも、お上の世話になりたくないと生活保護を断るホームレスに、庶民の意地とプライドを語らせます。もはや町からは消えた東京大空襲の記憶を、唐突によみがえらせたりもします。
 それでも表向きはあくまで人情コメディーの領域をちゃんと守っているのです。しかしどこか不穏な空気が漂っています。

「下町」へのレクイエム
 昭夫は「下町」から隅田川という「境界」を渡り、出世しましたが、庶民の心情を捨てきれていませんでした。エリートの世界になじめず帰ってくるのです。福江の足袋店を映し出す映像は、端正で美しいのですが陰りがあります。セットは生活感を見事に表現しているのに現実感が薄いのです。
 そこにたたずむ母も、スターのオーラをまとう吉永が演じていることもあり、過去の亡霊のようです。終盤、福江は老いへの不安を延々と語ります。消えゆく「下町」の運命を嘆くように。
 庶民が「持たざる者」であるなら、今や東京で暮らすのは難しいことでしょう。「下町」は失われつつある記憶の風景なのです。しかし、分断の時代にわたとたちが帰る場所は、そこしかないのではないでしょうか。
 これは庶民を描き続けてきた山田監督の「下町」へのノスタルジーであり、レクイエムでなのです。

■感想
 吉永が「どっこいしょ」と立ち上がるなど、端々におばあちゃんらしさも漂う役を演じて好感です。ラストの晴れやかな笑顔にサユリストもご満悦では。山田監督もいわばサユリストのひとり。成島監督でさえ、主演する吉永に忖度する映像を見せつけたものですが、本作でもどこか吉永への配慮を感じるものがありました。息子の葛藤や対応には現実感が薄く、なんでそうなるかと疑問符の連打。
 また祖母の引き立て役でしかない孫娘にも一波乱ほしかったです。

公開日 :2023年9月1日
上映時間:110分
https://movies.shochiku.co.jp/konnichiha-kasan/


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