『セールス・ガールの考現学』(モンゴル)
モンゴルにも都会がありビルがあり、若者達がファッションや音楽を楽しみ、洒落たカフェで青春を謳歌している。国名を聞いた瞬間、遊牧民が大草原で馬に乗る姿をイメージしてしまうのは、とんでもない偏見であることを感じさせられた。
冒頭、ごみ箱から外れてしまったバナナの皮が落ちているレンガ通りを、カジュアルな服装の若者、ハイヒールにスカートの婦人、スケボーに乗ったスリムな女の子が行き来する。次に来た大学生風の女性はヘッドホンで音楽に夢中だったのか、バナナの皮を踏んで転倒し絶叫。その彼女が主人公かと思いきや、そうではないという斜めに攻めてオフビートな雰囲気で始まるのが印象的。
転倒して骨折したクラスメイトのナモーナ(バヤルマー・フセルバータル)に、アルバイトの代行を頼まれたサロール(バヤルツェツェグ・バヤルジャルガル)は地味でおっとりとした女子大生。貧困学生からしたら比較的高額な時給であったことに釣られて来てみたバイト先は、街角の雑居ビル半地下にある怪しげなアダルトグッズショップ。
クラスメイトと言っても親しくないナモーナが、サロールをバイト代行に巻き込んだのは、日頃からおとなしくて主張性のないタイプだから狙われたのだろうと伺い知れる。もちろんナモーナからサロールへの説明はそうではなく「あなたなら秘密を守ってくれそうだから」だった。学生がアドルトグッズショップ店員というのは表立って言えないのは世の常だが、案の定、バイト代行を断れないサロール。彼女は親の意志に従って国立大学で原子力工学を専攻する真面目な生徒。原発燃料廃棄物を他国から受け入れる体制のモンゴルでは、将来性が非常に有望なエリート学科なのだ。
だがサロールの心理にその大志は見当たらず、いつも無気力な学生生活を淡々と続けている。友達以上恋人未満のような関係のトブドルジ(ガンバヤル・ガントグトフ)と、放課後に校舎の裏でまったりとした時間を過ごし、自宅の部屋でひとり絵画を描く日々。それは少しダークな油絵で、死体のように横たわる人の上空を流れ星が通過している。モンゴルでの流れ星は死者の魂を予兆していると言われており、後になって彼女がこの部屋の窓から飛び降り自殺を目撃していたことが語られる。
アダルトショップ店員は過度な刺激になると思ったが、無気力の強みなのか意外と淡々と仕事をこなすサロール。首都ウランバートルは近代的な街並みで華やかさと賑わいがあり、そこには当然ながら性風俗産業も存在する。友人へのプレゼントだと嘯いてディルドを物色する女性客、人目を気にしながらこそこそとバイアグラを買いに来る男、そしてサロールが嫌いだった大学の物理学講師まで来店する。注文を受けてホテルや自宅へ商品を配達をするのも彼女の仕事なので、配達先では様々な非日常体験や危険な目にもあう。だがそれぞれのエピソードを深堀りすることを本作は一切しない。予告編と作品タイトルにある“考現学”からインテリジェンスな現代風俗研究を絡めると思っていたが、そこに潜む心の闇や求める願望を滑稽ぎみに描く程度で小気味よく終わらせるので物足りない。何故なら本作の焦点はそこにはなく、ショップを仕切るオーナーのカティア(エンフトール・オィドブジャムツ)が登場してから物語が動き出す。
高級マンションに独り暮らしする博識中年女性のカティアは、ロシア語が堪能でサロールが連れていかれる外食先もロシアンレストラン。モンゴルは社会主義国家時代の長きに渡ってロシアの衛星国だったので、富裕層の年配者ほどロシア文化の受容影響が強い。民主革命が起きたのは1989年なので、60歳以降世代のロシア文化への愛着と怨念が相まみえる複雑な心境は多かれ少なかれモンゴルの人々にはあるのだろう。
カティアの言動はまさにその節々に、ロシアを想う葛藤の気持ちが感じられる。そもそもカティアという名前(おそらく本名ではない)がロシア人名「エカチェリー」の愛称であり、18世紀の帝政ロシアにおける有名な女帝と同じ。彼女からすれば孫にも近い年齢で表情も乏しく浮遊感が漂うサロールは、精神的自己形成のできていない白紙のような少女に見えるのだろう。
そこに共通項として“孤独”というワードが被ったことにより、カティアとサロールの奇妙な友情関係が始まる。謎に満ちているカティアの一挙手一投速の全てが、サロールの成長への肥やしとして吸収されていくことで、野暮ったくて垢ぬけない地味系女子だったサロールは変身していく。内面のみならず見た目でも一目瞭然で、髪型、眉毛、化粧、ファッション、そして虚ろだった眼差しが輝きを持ち始めていくのがよく判る演出と演技が光る。オーディションで300人の中から選ばれたという主演のバヤルツェツェグ・バヤルジャルガルがとてもよい。渇いた部分と瑞々しさの両方を併せ持つ印象が主人公の成長にフィットしている。人の死をイメージする絵を描いていた序盤から比較して、精力剤でいたずらをしたりバスでアダルトグッズを出したりと、茶目っ気を交えながら能動力の進化を遂げていくサロール。彼女は親に決められた原子力工学の専攻を辞めて絵画美術に没頭し、トブドルジにも積極的なアピールをすることで関係を深めようとする。ここでの男女初体験シーンは、劇場内で大きな笑いが起きる場面あり。
カティアとサロールの関係性はしだいに変化を始め、対等な主張ができるほどに自信を持ち始めたサロールだが、実はカティアの過去に残る人生の悔いる部分が垣間見え始めたことも符合している。少しずつ語られていくカティアの過去の物語は、あまり詳しくは言及されないものの、時代に翻弄されながら闘って生きてきた証と後悔を感じるもので、サロールもそれを理解していく。ふたりの旅路でようやく先入観イメージ通りのモンゴルの大草原が登場。そこに寝転んで会話する歳差を隔てた女同志の会話は、それまでの全ての蟠りを消し去り「オッパイがかゆい!」をトリガに、スタティックだった雰囲気を思いきり打ち砕く。
本作では音楽依存が激しかった前半の内向的なサロールが、ヘッドフォンを介して聴く楽曲が劇版となっており、特にバスで後部座席の男が突如歌いだし、彼女の脳内世界を映像化したようなミュージックビデオ的な演出が差し込まれる。草原シーンでも使われる「マグノリアン」という同国で人気バンドシンガーの低音ボイスが、作品全体の空気感の彩りに大きく影響していた。上流階級ながら思う人生を歩めなかった者と、貧困社会で青春を過ごすが自由の権利を持つ者。同じモンゴル人女性でありながら、国家主義すら異なる社会背景で生きてきたふたりが分かち合うもの。それがお互いを呪縛から解放し、足りない部分を補完し合う。サロールはもうヘッドフォンをしなくなっていた。第20回ニューヨーク・アジアン・フィルム・フェスティバルでグランプリを受賞した。世界から見たモンゴルそのものを垢抜けた印象にさせてくれた歴史的作品。
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