たとえ話
水鏡 小石(自我) 歪んだ世界
があらわれる
という お話しがあります
ここでよくつかわれている不完全な言い伝えの教えは
静かにしようとして水鏡をみてごらんなさい
そうすれば
?真実の光が写し出されるでしょう
というものですが
ところが
そうしようとするのは誰なのでしょうか
じつは水鏡(意識)をみている
無意識的な(意識以前の)マインド(根源的な努力)が
意識のあとの自我をつうじてしようとしていることなのです
だから堂々巡りです
真実は
水鏡 小石 歪んだ世界
のすべては幻想だということです
静かにしようとすれば
水鏡に
真の光(真我)が写し出される
というのは不完全な言い伝えであり勘違いなのです
マインド(根源的な努力)がつくりだしたスクリーンである水鏡も
実在していません
というのが
自然の記憶である
平安(真の福音)です
恩寵(真にオートマチックな癒し)が
おきているときに
癒しがあります
^_^
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