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2023年04月06日00:00

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映画『きっと地上には満天の星』

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『きっと地上には満天の星』(アメリカ)
温かみのある邦題から内容をイメージしていると辛辣で切迫した展開に面食らうことになる。原題『TOPSIDE』は、地下からの視点で地上の一般社会を指しており “上層” という解釈もできる。描かれる社会背景はかなり重苦しい。

廃坑となった地下トンネルで暮らすホームレスのコミュニティが、華やかなニューヨーク街の足元にあることは殆ど知られていない。もしくは知っていても無関心なのだろう。彼らが暮らす地下区域には地域資源局から退去命令が出ている。廃材で区切られただけの、とても家とか部屋とは呼べない場所で、母親の帰りをひとり待つ5歳の少女リトル(ザイラ・ファーマー)。彼女は生まれてから地下トンネルの外に出たことがない。本物の空を見たことがないリトルは、自分の背中に翼が生えてきたら地上に出て空を飛び回れると信じている。

リトルの母親ニッキー(セリーヌ・ヘルド)が地上での仕事から帰ってくる。待ち兼ねたように母に飛び着いたリトルは、自分の背中に翼が生えてきているかどうかを確認しろとせがむ。「まだもう少しね。翼が生えるまではここが安全。」小さな桶に溜めたわずかな水でリトルの身体を洗い抱きしめるニッキー。こんな小さな子供がいるのに、なぜ地下の廃墟での暮らしを続けているのか。

ニューヨークにはホームレスの子供が22,000人ほど存在するという。政府は支援住宅の提供や孤児院への預託など、可能な限りでの救済対策を講じているが、母親ニッキーが薬物依存で街での仕事は組織に斡旋された娼婦だということが途中で判明するリトルに、政府の救済の手は届かない。行政に摘発されればリトルは保護対象となり施設に入れられることをニッキーは恐れる。娘を奪われてしまえば彼女は生きる糧を失ってしまう。

親としての切実な気持ちと、養育能力のない無責任なエゴを同時に感じざるを得ないニッキーを演じるセリーヌ・ヘルドは、本作の共同監督のひとりでもあり起案者でもある。脚本も彼女の執筆で、ジェニファー・トス著『モグラびと ニューヨーク地下生活者たち』で記録される実在の地下コミュニティ潜入記を原案に、廃墟のトンネルを実際に取材しながら製作された。本作は進行時間がほぼリアルタイムで臨場感が五感に響く。体感度が高いカメラワーク(ほぼ全編手持ちカメラ)も問題提起の効果的な演出に成功している。

貧しくも睦まじく暮らすニッキーはリトルを愛し、いつかここを抜け出して安住の地を娘に与えたいと思っている。しかしその思いとは裏腹に、安定した収入を得る手段がない彼女のスキルと生活水準は、地上にいる娼婦の元締め男との関係もうまくないため負のスパイラルへと陥るばかり。その反動なのか意志の弱さ故か、少ない収入を薬物依存の代償にしてしまう毒親でもあった。このままでは学校にも行けないリトル。

不法居住者を摘発するガサ入れが行政によって行われると、ニッキーはリトルを連れ出して地上の街へと逃走する。行政側は福祉に繋げるための介入であり、逮捕ではなく支援をするつもりなのだが、ニッキーの思考は短絡的で逃亡によりリトルを守ることしか考えられない。ニッキーに抱かれて初めての地上へ飛び出したリトルは、突然の喧騒の世界を目の当たりにして恐怖に怯える。閃光、轟音、振動、異臭。怒号と眩光が視覚、聴覚、嗅覚に襲い掛かる。

このシーンはハンディで天地が反転するほどに揺れ動くカメラワーク表現が凄い。リトルのパニック状態の心境を如実に伝える迫力。全力で走るニッキーに抱きかかえられたまま、なにも理解できずに恐怖に怯えて失禁するリトルが見ている世界ははまさにこの映像なのだろう。いつも思い描いていた地上の世界は翼が生えて楽しく飛び回れる場所。邦題の『きっと地上には満天の星』という想いは裏切られてしまうのか。

ビルの窓から見えたニューヨークの夜空を、リトルは「死んだ星」と呟く。そこに満点の星はない。自分を守ってくれる母も安住の地下に戻ろうとはしてくれない。疲労困憊のニッキーが嘔吐して倒れている隙に、リトルは駅のホームにとり残されてしまう。ドアが閉まって走り出す電車を停めてくれと狂乱するニッキー。引き裂かれたふたりは無事に再会することができるのか。

地下コミュニティ仲間ジョン(ファットリップ)からは「これはラッキーなんだ」と言われるニッキー。何故ならリトルはこれで母親から解放され、地上で生きることができるのだから。リトルには衣食住が与えられ教育も受けられるようになる。ジョンは地下のガサ入れがある前からこのことをニッキーに伝えていたのだが、全てを拒絶する親のエゴが支配的な彼女には理解ができないのだ。ニッキーの最後の決断には安堵と悲しみが交錯する。気持ちを察すれば察するほどやるせない思いが心に残り、これでよかったと思い聞かせたい気持ちになる。

リトル役のザイラ・ファーマーの演技が自然で素晴らしい。パンフレットによればローガン・ジョージ監督は彼女へは演技を要求せず、手持ちカメラを長時間回し続けて撮った自然な振る舞いを作品に活かしたのだという。「翼が生えたら地上に行ける」という設定はなんとザイラ自身のアドリブなのだそうだ。

ホームレスが何百万人も住み着いたマンハッタン地下に広がる廃線鉄道 “フリーダムトンネル”は、9.11同時多発テロ事件がきかっけで一掃整理された。テロリスト対策が不法籠城していたホームレス達を保護したという皮肉な話なのだが、リトルのような子供たちがその後、幸せを掴む人生を歩めたのかどうかは原作本でも追えてはいない。

劇中でのキーワードとなるアメリカでポピュラーな童謡「Five Little Ducks」という数え歌が印象的。地下暮らしのリトルが持っているタブレット端末から唯一流れてくる歌と動画で、逃走中にもリトルを落ち着かせようとニッキーが歌う。

“♪ある日出かけた1匹のアヒル 丘を越えて遠くの方へ クワックワックワックワッ 母さんアヒルが呼んだけど 誰も戻ってこなかった♪” 

後半でリトルを見失うニッキーを暗示するような歌詞でもあり、エンディング後のふたりの運命を暗示するような余韻も残す。

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