『女神の継承』(タイ,韓国)
予告編の定点暗視カメラでうごめく“人面のようなもの”があまりに怖過ぎる。配信限定で公開された台湾ホラー『呪詛』もかなり怖かったが、いかんせんNET配信鑑賞では作品に集中しきれない。その点、劇場鑑賞はどっぷり世界に浸れる。
『女神の継承』にはナ・ホンジンが原案/製作で名前を連ねる。なにを信じるべきで何が諸悪となるのか途中から解らなくなる混沌の韓国ミステリーホラー『哭声 コクソン』(2017年)の監督がナ・ホジン。今回のメガホンを取るのはバンジョン・ピサンタナクーンというタイ出身の監督。番組取材のカメラを介した映像演出というモキュメンタリー方式の撮り方は、臨場感がことさらリアルで緊張状態が永続する。異常な宗教観念による気持ち悪さや、地域に根深く刻まれた理不尽な風習を絡めて、不穏で不気味なオカルト現象のボルテージは130分の終盤にピークを迎える。
タイ北部の農村で暮らすミン(ナリルヤ・グルモンコルペチ)は、その地域に土着する女神バヤンに選ばれて使える女祈祷師一族末裔の若い娘。ヤバンの命を受けて代々引き継がれてきた祈祷師を担うのは、その叔母にあたるニム(サワニー・ウトーンマ)。ミンの母ノイ(シラニ・ヤンキッティカン)は長女でありながら祈祷師の受継ぎを断ったため、妹のニムがバヤンの神に仕えて悪霊による村人の病気や災いを払う役を果たしている。一族の末裔世代の女系はミンしかいないため、ニムの後継ぎ候補は彼女しかいない。だが、いわゆる現代っ子のミンにその気はまったくなく、ハローワークで働く普通のOLでファッションや友達との遊びを楽しみ、愛犬ラッキーをこよなく可愛がる暮らしをしていた。
彼女の様子がおかしくなったのはミンの父親、つまりノイの夫が癌を患って死んだ葬式の日からがだった。原因不明の体調不良や悪夢に苛まれるようになり、苦しみ悶えながら凶暴な振る舞いを見せる。なにかに取り憑かれたかのような奇行を繰り返し、日常生活すら儘ならない状況のミンを見た母親ノイは、長女である自分が祈祷師になるのを拒んだことによるバヤンの神が、ミンに憑依していることが原因だと考えた。ノイはミンを救うため祈祷師である妹ニムに、バヤンを受け入れる儀式をして欲しいと懇願する。だがニムは「ミンに憑いているのはバヤンではない」と断言。それはもっと邪悪な何者かであり、その原因を調べるうちに、やがて病死したミンの父親の血筋であるヤサンティア家の祟りだとニムは勘繰る。その頃、奇行を続けるミンが疾走し姿を晦ます。ニムにも手の負えない邪悪による怨嗟の念が惨劇を始める予兆を告げた。
ミン役のナリルヤ・グルモンコルペチ(愛称:ヤダー)はオーディションで選ばれた現地でも無名の若手役者とのことだが、その美しく見栄えのする顔とスタイルが、悪霊に憑依されて変貌していく経過を凄まじいほどに熱演している。元々細い身体から更に10Kgを減量して憑依演技をしたそうで、美しくない撮り方を承知しての脱ぎっぷりもそうだが、地を這うような歩き方や首を傾げる素行の不気味さなどは夢に出そうなインパクト。『エクソシスト』(1973年)を彷彿させるその激変ぶりは精神と肉体が同時に侵されていく過程を悍ましく描ききっており、途中で目を背けたくなる容赦のなさまで追い詰められる。
祈祷師一族の血を継ぐミン、ニム、ノイを巡って、アニミズムから纏わりつく因習の描き方は、タイの農村という高温多湿の土着に囚われたいかにもなシチュエーションが惨劇をよりリアルにする。タイを訪れたことがあれば、街のあちこちに小さな祠(ほこら)があることに気付く。その地域ごとに伝えられる精霊を祀るためなのだが、それを思い出せば演出効果が増幅される。
この国の民俗信仰に現実的に向き合っているかのように見せるのが上手く、更には手持ちカメラの手ブレの頻度や、固定カメラによる独自のアングル効果などが、判っていてもノンフィクション感覚を助長する。無表情のミンの顔が、窓に映っている側だけ笑っているというような描写をさり気なく入れているところも嫌らしく白眉。近年の日本製作では困難であろうモラルハザードも本作には躊躇なく取り入れており、子供、老人、動物、裸に絡むインモラルには容赦がないのでダメな人は要注意(R18指定)。
森林や洞窟、廃墟などの空間演出も現実感たっぷりで、クライマックスに向けて登場する男性祈祷師に至っては、異教進行による儀式のそれを超越した雰囲気に吐き気を感じるほど。前半のスピリチュアル描写がやや退屈ではあるが、それがあってこその怒涛の後半であり、更にはラストのニムへのインタビューが落としどころでモキュメンタリー演出の価値を高める。昨年最恐のホラー映画。
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