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2023年01月16日11:00

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映画『戦争と女の顔』

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『戦争と女の顔』(ロシア)
昨年は事象柄ロシア,ウクライナ映画が数多く日本で公開されており『アトランティス』『リフレクション』『親愛なる同志たちへ』に続いての鑑賞。多いといっても無差別ではなく、ウクライナ侵攻が始まる前までの公開作品はエンタメ性に富んだものが多かった。『アンチグラビティ』『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』『フライト・クルー』等々。ところが戦争勃発以降は、その手の純娯楽作品が上映される見込みが低くなり、同国の歴史や史実を語るリアルフィクションジャンルが選りすぐられている傾向に変化。

本作はノーベル文学賞のスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチによるノンフィクション書籍が原作で、日本ではKADOKAWAが2019年からコミカライズしており昨年3月に第3巻が出てそこそこの話題になった。内容は第二次世界大戦に直接関わったベラルーシの女性たちをインタビューした証言集で、原作者もベラルーシ出身だが現在74歳なので、ソビエト社会主義共和国時代の生まれ。映画化したのはカンヌ映画祭やアカデミー賞で度々名前を拝見するカンテミール・バラーゴフ監督。パンフレット冒頭には同監督による反戦メッセージが記載されており「だから私はロシアを去らなければならない」という言葉通り、痛烈な戦争批判と共に昨年3月にロシアからの亡命を果たしている。

物語はドイツの侵攻を返り討ちで勝利した1945年レニングラードが舞台。全編に渡って悲劇が描かれているとしても過言ではない。戦後の荒廃した野戦病院のような場所で、長身の若い看護師が身体を直立不動に硬直させたまま小さく唸り声をあげている不可解な冒頭場面。看護師の名はイーヤ(ヴィクトリア・ミロシニチェンコ)。仲間が声をかけてもその虚ろな目は無反応。同僚からは「いつもの発作でしょ」という声。彼女は元前線兵士であり、戦地経験によるトラウマからPTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えている。

イーヤが唯一笑顔を見せるのは、幼い息子のパシューカと一緒にいる時だけ。だがイーヤはそのパシューカを自分の発作が原因で死なせてしまう。実はパシューカは彼女の実子ではなく、イーヤの戦友マーシャ(ヴァシリサ・ペレリギナ)の子供。まだ戦場にいるマーシャに代わってイーヤが育てていたのだが、そんな時にマーシャが戦地から帰還する。

戻ってきて初めてパシューカの死を知ったマーシャは、イーヤを無理やり連れて街に繰り出し、行きずりの男を誘惑して車中での性交へと導く。一方のイーヤは無理やり迫る男の腕を圧し折って逃げていた。浴場(銭湯のようなイメージだが湯舟はなく水タオルで身体を拭く)でイーヤはマーシャの腹にある大きな傷跡に気付く。イーヤが理由を尋ねるとマーシャは「子供が欲しい。」とだけ答えた。後にその傷はマーシャが既に子供が埋める身体ではないことを語っていると判る。

半ば廃墟と化したレニングラードで、心身ともに疲弊した人々が生きる様子。そこには共産主義による異様な縦社会の空気感が漂い、信じ難い貧富の差が発生している。肉体的な後遺症と精神的な後遺症、その両方を抱えている者、帰る家がないのは当たり前という状況下で何に縋って生きていけばいいのか。登場人物たちはそれをひたすら探し続ける。

全身不随で寝たきりとなった元兵士のステパン(コンスタンチン・バラキレフ)は、ようやく駆け付けてきた妻との再会を果たすが、動けない身体では妻や子供に迷惑をかけるだけなので退院したくないという。「もう人間じゃない、終わりだ。」治る見込みがないことを悟ったステパンは、院長(アンドレイ・ヴァイコフ)に安楽死を望む。院長は妻に「だったら枕を押し付けて窒息死させればよい」と非情に答える。

このような登場人物たちの一挙手一投足が鑑賞側の心に染み込んでくる。それは間違いなく反戦へのメッセージなのだが、敢えて直接的な台詞や表現を避けているのはロシア政府への配慮なのか。しかしそれでも、口に出せない登場人物たちの本音は十分に伝わってくる。終戦後も戦争が終わったとは誰も思っていない世界。原題 『Dylda』の意味は、ぎこちなさや品性に欠けることを指すロシア語。戦後を生き抜くふたりの女性の強かさと戸惑いの両方を表わしていると思われる。

特にマーシャには芯の強さの裏に隠れた壮絶な心理がある。戦場で生き抜くためにマーシャが何をしてきたのかを、彼女にプロポーズしてきたサーシャ(イーゴリ・シローコフ)の両親の前で、慰安婦としての戦場経験を静かに独白する場面は圧巻の迫力。攻撃的な性格を見せてきた彼女の素性がそこで判るのだが、果たしてそれが戦場で本当に起きた事実なのかどうかには疑問符も付く。もしかしたらエリート医師であるサーシャの母親(クセニア・クテボア)が持つ戦場兵への偏見に便乗して嘘を付いている可能性も考えられる。この辺は原作を読んでみなければ真意は解釈ができないのだろう。

主人公ふたりが戦場で体験してきたことはポツリポツリと台詞で語られるだけで、真実は語るに及ばずで済まされているところがどうにももどかしい。息子のパーシュカを失っても涙すら見せない代わりに、新しい命の誕生こそが自分とイーヤが生きていく価値に繋がるのだという信念で行動するマーシャ。彼女はイーヤに子供を産ませるため、院長を脅迫して無理やり性交させて子供を身籠らせようとする。この顛末に至っては執念による恐怖をも感じる壮絶さで、こんなに精神が歪んだベッドシーンは過去に見たことがない。

ある日マーシャは緑色のドレスを着て踊っているうちに自分の気持ちがコントロールできなくなり暴走する。彼女が涙を流したのはこのシーンだけで、それを慰めるイーヤもまた心の傷を背負うが故に何度も発作を起こす。おそらく彼女も戦場で男を強制的に受け入れざるを得ない恐怖を抱えていたのだろう。そんなイーヤであるにも関わらず、院長の子供を妊娠していなかったことでマーシャの期待を裏切りたくないため、彼女は再び院長宅を訪ねて子種を望む。痛々しくて胸が引き裂かれそうになる。

生まれた時から国が戦争をしていた世代の若者の心的外傷は、人間の尊厳を失った異常な時代の産物であることを想像させられる。戦争は人間の精神を壊すことと、それでも生きるために何かを求めて自分を保とうとする姿が描かれる本作。ラストシーンで路面電車に轢かれる長身女性がイーヤなのかどうかは鑑賞して確認して欲しい。

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