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2023年01月07日00:00

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映画『スペンサー ダイアナの決意』

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『スペンサー ダイアナの決意』(ドイツ,イギリス)
ダイアナ妃の半生を描く伝記的作品かと思っていたらまったく違う。描かれるのは1991年のクリスマスイブ→当日→翌日の3日間のみ。聖夜にエリザベス女王の私邸サンドリンガムハウスに集合する王族たちの中で、ひたすら浮きまくるウェールズ公妃ダイアナ(クリステン・スチュワート)の一人称でドラマは進行する。

その日に至るまでの過去について具体的な説明はないが、我々は彼女が公妃になってからの人生をニュース&メディアを通じて表面的に知っている。日の丸を意識した赤い水玉模様ドレスで来日し、たちまちロイヤルフィーバーが巻き起った1986年を含め、彼女の公職での立ち振る舞いを知ることを前提条件とするのが、本作鑑賞には必要かもしれない。

前半はダイアナの奇行が続く。あわよくば我儘ともとれる王室への反発行動を目の当たりにしつつ、史実と照合しながら彼女の心中を察することが求められるため重い空気感が漂う。鑑賞した劇場「ル・シネマ」(Bunkamura)では、同時期にドキュメンタリー映画『プリンセス・ダイアナ』も公開していたので、こちらを先に観ておくと予習になる。

どこに行くか、何を食べるか、服は何を着るかまで全てを管理され、反抗をしながらも結果的には王室伝統のしきたりに従うのが彼女の処遇。スキャンダラスに扱われるメディアと世間の軋轢で、病みに病んでいるダイアナが痛々しい。

やがて彼女とチャールズ皇太子(ジャック・ファーシング)の冷えきった夫婦関係を察する会話劇が始まる。ビリヤード台を挟んで行われる夫婦の会話が、既に取り戻せないふたりの距離間を語っており、主たるはチャールズの浮気によるものであることも判明していく。更にはこの浮気問題が公知の事実(マスコミが逢引電話の録音を公開)であるのに、それを沈黙(見て見ぬふり)する王室一族。その人達と平然と親睦することを強要されるダイアナの心境は察してしかるべしだろう。浮気相手のカミラ(エマ・ダーウォル・スミス)があからさまに登場する場面もある。周知の通りカミラは後にチャールズとの再婚を果たすのだが。

題名のスペンサー(原題:Spencer)はダイアナの旧姓。名門貴族スペンサー伯爵家の令嬢だった彼女は、1981年に現国王でもあるチャールズ3世と結婚。王位継承権者となる長男ウィリアムと次男ヘンリーを授かるが、結婚から15年後の1996年に離婚。その翌年に交通事故で不慮の死を遂げる。本作の舞台である1991年は、結婚から10年後で離婚する5年前。クリスマス前後の3日間を切り取ってはいるが、冒頭に「実際の悲劇に基づく寓話」という表記があり、あくまでフィクションだということを主張している。

知る限り母親役は初めてかと思われるクリステン・スチュワート演じるダイアナは、常に希死念慮にかられて奇抜な行動をとる異様な人物となっており、我々がメディアを通じて見てきた笑顔が眩しい王妃の印象は微塵もない。ダイアナが纏う暖色系をメインとした数々のドレスコードは、本人の意志とは関係のない着せ替え人形扱いで、内面とのギャップの激しさが強調される。果たしてあの来日時の日の丸ドレスも、彼女の本位ではなかったのだろうと我々日本人は思い知らされる。

王室一家団欒の雰囲気をぶち壊すダイアナの奇行っぷりは、特に摂食障害的描写でホラー映画かと見紛うほどでもある。更には自傷行為を繰り返すので目を覆いたくなる露骨な描写もある。ミサのあとでマスコミ向けの撮影会があり、多数のフラッシュに晒されながら見せる作られた微妙な笑顔。ここは現実のダイアナ妃の記録映像を彷彿とさせる。クリステン・スチュワートがダイアナ妃に似ているとはこれまでまったく思いもせず、むしろ真逆のイメージ(過去にスキャンダルが多い女優)ですらあったのだが、本作での首を傾ける細かいしぐさや上目遣いの目線などは、カメラアングルも含めて本物にかなり似せている。本人を含めてスタッフはよほどダイアナの映像を研究しているのだろう。

冒頭でダイアナは独りで愛車ポルシエ911を自ら運転しサンドリンガムに向かう。どうやって側近から逃れて単独行動を取れたのかは判らない。途中で道に迷ったのか故意なのか、かつてのスペンサー伯爵家が邸を成した故郷にたどり着く。そこに立っていたカカシが着ている父ジョン・スペンサーのジャケットを剥ぎ取って持ち帰るダイアナ。望郷の思いからくる衝動的行為が、終盤ではこのスペンサー家の元屋敷である廃墟に忍び込むほどにまで彼女の心身は迷走する。現実と妄想の区別がつかない幻想的な場面は、絶望感が頂点に達するかのような逼迫感がある。

幼少時の父の記憶に加えて、極め付けは国家の策略によって斬首刑にされる16世紀イングランド王妃アン・ブーリン(スペンサー家の遠縁)の幻覚を見て錯乱するダイアナ。まるでアン王妃の運命を自分の未来と重ね合わせるかのような錯乱。これをプリンセスらしいドレスを纏って繰り広げられる映像は出色で狂おしいほどの美しさだ。

精神が極限状態へと向かう渦中で、負のスパイラルに手を差し伸べる救いの手も僅かながらにはある。その最たるはなんといっても息子たちウィリアムとヘンリーの存在。終始監視されているダイアナが、唯一自分らしくなれるのは、寝室の小さな灯りで息子たちだけと過ごす時間だった。もうひとりは衣装係のマギー(サリー・ホーキンス)で、ダイアナの内面を理解してくれる唯一の側近という存在。マギーと浜辺ではしゃぐダイアナの無邪気な笑顔が、それまで長々と続いていた沈痛な雰囲気を解放していく。

このオアシスのような場面が、その後の彼女の決意へと繋がったのだろう。クリスマス翌日(ボクシングデー)ダイアナはついに行動に出る。射撃が嫌いな息子達が無理やり連れ出されたキジ狩りの現場で、あのカカシが着ていた父のボロジャケットを纏って銃口の前に立ち塞がるダイアナ。それまで何着もの王妃のドレスを披露してきた(更衣室にはこの3日分の衣装がズラリ並んでいた)彼女が、まるで戦闘服に着替えたかのように登場し、ウィリアムとヘンリーを浚ってポルシェ911で逃走する。本作で初めて躍動感が漲るように力強く意志を貫くダイアナ。その姿は美しく逞しく、息子達を乗せてポップミュージックを流しながらアクセルを踏みサンドリンガムから去っていく場面は痛快。

史実を知っている側からすると、ダイアナと車というのは悲劇を連想するプロップに繋がりがちだが、本作はそれを逆手にとって払拭する結末へ向かう。一流シェフが高級食材で用意した王室料理に毎日苦しんできた彼女が、逃亡先で自ら選んだ食事が何であったのか? それを知ってようやく冒頭の「実際の悲劇に基づく寓話」の意味が理解できた。この映画でのダイアナは、史実と違う人生を歩むのだ。

フィクションの世界で彼女を悲劇から救い出し贐(はなむけ)を贈るのが本作の目的だった。彼女が力強く自らを「スペンサー」と名乗るシーンがあり涙腺に触れる。それが更なる未来への決意を感じる伏線となっていると思わせてくれるところが素晴らしい。

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