mixiユーザー(id:68021579)

2022年12月30日16:07

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病と障がいについて

闇についての奇跡講座の見方は

自然への 助けを求めているよびかけ

とみている

ということである

苦しみ、痛み、病のすべて、障がいのすべて

自我の苦しみである

それは
神からの分離という投影である

そしてそれ(闇の不完全さの象徴、感情)
がなぜあるのかというと

ナチュラルスピリットである神からの
分離という夢の活動(好奇心)
にともなう

罪悪感なのである

プラス

とマイナス(罪悪感)


セットである

なぜならば

神からの分離という信念を現実にしてしまったからである

したがって
奇跡講座は

病の体験は

助けを求めている叫びであり

自然、在るがままの記憶(聖霊、平安)
によって癒す必要があるとみなす

つまり好奇心の人生にともなう
「病の体験そのものはまだ自我の範疇にあるもの」とみなし

助けを求めていることにたいし

ただ在るがままの平安(福音)という癒しの恩寵を与えるのである

病の体験、戦争の体験は

ナチュラルスピリットから
活動的愛(好奇心)とともにコインの裏側のように
ともなって
あらわれるものであり

病の体験や、戦争の体験や、さまざまな障がい

自然の延長(表現)ではなく

むしろ自然の延長(表現)「によって」癒される側である

すなわち
寝たきりの人物(病であれ障がいであれ)
介護する側もされる側も
無条件の在るがままの大切さ
を学ぶ機会である

というのが奇跡講座による見方である

これは

一般的なノンデュアリティの
なんでも愛

とは明らかにちがうところである。

病や苦しみや戦争が自然の表現であることは断じてない。


以上は、あくまで、
わたくしの感想ですのであしからず。





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