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2021年08月02日09:48

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映画『イン・ザ・ハイツ』作品レビュー〜移民の祈りこめた歌声

【ご注意】ネタバレに敏感な方は、鑑賞後にお読みください。

映画『イン・ザ・ハイツ』作品レビュー〜移民の祈りこめた歌声

 本作は、2008年のトニー賞で、作品賞など4冠に輝いたブロードウェー・ミュージカルの映画化したものです。
 サルサ、メレングといったラテン音楽に、ヒップホップやR&B。はじけるリズムに乗り、老若男女が歌い踊る。むせ返る熱気と、爽やかな感動が押し寄せる快作です。
 但し素が素だけにミュージカル要素がかなり濃いめになっています。音楽もそれに合わせた人々の動きもその撮り方も文句なくかっこいいので、ミュージカルが苦手な人でも楽しめそうだといいたかったのですが、それが2時間半にも及ぶと、途中でその濃度が少しつらくなってきました。ストーリーが分散しすぎて、なかなか進まず中だるみのように感じてしまったのです。
 それでも、本作に仕掛足られた観客騙しの大仕掛けには、ビックリ(゚д゚)。全てが明かされたときは納得の鑑賞となることでしょう。

 まず本作を理解するためのキーポイントは、冒頭からなんども歌われる「ワシントンハイツ」とは何かということです。
 ニューヨークーマンハッタン最北部のワシントンハイツは、ドミニカ共和国など中南米にルーツを持つラティーノが住む実在の街なんです。ここにはアメリカ最大のドミニカ人移民コミュニティーがあるのです。今は再開発が進み、新天地へ向かう者も出ているとか。そういう若者たちにとって、祖国は親から聞いただけの遠い国。自分たちが生れ育ったワシントンハイツこそ、かけがえのないソウルタウンなんだということが、本作の背景に色濃く描かれていました。

 本作はこれはそのワシントンハイツで生きる人々の「小さな夢」を描いた作品です。街角の親が残した食料雑貨店を経営するドミニカ移民の子ウスナビ(アンソニー・ラモス)が描く夢は、故国に戻って、やはり親が昔営業していた故国の店を買い取り、店を開くこと。
 そんなウスナビが恋するバネッサはダウンタウンでファッションの勉強をしたいと願っていたのです。当面は美容サロンを営むダニエラとカーラのもとで働いていました。
 
 一方タクシー配車会社の社長ケヴィン・ロザリオの娘ニーナ(レスリー・グレイス)は、コミュニティーの期待を背負って名門スタンフォード大学に進学していました。ニーナは地区住民の希望の星だったのです。しかし彼女は大学寮で、ひどい移民差別をうけたことで傷つき、実家へ戻ってきたのです。そんなニーナに、父親の会社の腹心ベニー(コーリー・ホーキンズ)は、恋しており、街に彼女が戻ってきたことを内心喜んでいたのでした。
 またウスナビの店を手伝っている、従弟のソニー(グレゴリー・ディアス4世)には違法移民の問題を抱えていました。お話の軸は、ウスナビの恋の行方を軸に、進学を放棄して街に戻ってきたニーナの再出発とベニーとの関係、そしてソニーの不法移民をどうやって解決するのかということが語られます。それもワシントンハイツのある雑貨店ではなく、リゾートの浜辺にウスナビの店に集まってきた子供たちに、ウスナビが昔話を語るという形で進められるのです。集まった子供たちの中には、ウスナビのことをパパと呼ぶ女の子もいました。これは気になる存在ですね。
 
 物語は真夏の盛りに起こる大停電が起こった日から始まり、停電の3日前に戻って展開します。なんで停電ごときがこんなに大々的に語られるのか最初は疑問に思えました。ところがこの大停電が、この物語の大きなキーポイントだったのです。
 大停電により、多くの店は休業に追い込まれて、街の人たちは仕事を失い、暑さにぐったりとなって道端で寝転ぶばかりでした。そんな醜態に、ウスナビは怒ります。「お前らそれでもラティーノか!」と。そして旗を掲げろと、民衆を鼓舞する歌とダンスで奇声を発するのでした。民衆はウスナビに呼応して、自分たちの出身国の国旗を掲げて、次々とウスナビの歌とダンスに応じていくのでした。
 真夏の大停電は、酷暑を一層印象付けますが、そんな暑さに負けないラテン系住民の心意気を見せつけてくれました。

 もう一点は、街の母親代わりとなっていたある存在の突然死です。これも暑さのせいでした。ウスナビたちは一様に強いショックを受けます。ただ彼女の突然死が、ウスナビに奇跡をもたらし、ニーナたちにも大きな転機をもたらすことになります。
 大停電は「小さな夢」の実現に欠かせない出来事だったのです。
     
 中南米から移民した若者の青春を描くミュージカル映画といえば、「ウエストーサイド物語」(1961年)が浮かびます。本作は、土地に根付いた数世代が紡ぐストーリーです。時が流れてもなお「自分は何者か」との問いはついて回り、差別や偏見もなくなりません。「小さな誇り」を。コミュニティーの長老の言葉に、若い世代が奮い立つ姿を見せつけてくれるところが見どころといってていいでしょう。
 
 映画化にあたり、映画会社が「金になる」ラティーノのスターを主演させようとしたために企画が一度はとん挫し、大きく遅延しました。しかしその遅れは逆に映画にとっては良かったかもしれません。結局ノースターとなってしまったキャストは、移民たちの渇望をよく体現しているし、移民差別に苦しめられる人々の声がすくいあげられているように感じさせてくれるからです。
 
 そんな問題だけではなく、本作にはこの街がどうなっていくのかという登場人物たちの漠然とした不安感も色濃く描かれました。実際にワシントンハイツがあるマンハッタン島では、地価高騰にともない、貧困層が追い出されてコミュニティーは崩壊の危機に瀕しているそうなのです。そのとき、彼らに何か残るのでしょうか?
 
 そんな彼らの心に火をつけるのが音楽ですだ。リン=マニュエルーミランダが手がけたメロディーは街にあふれる音を取り込みビートを刻みます。嘆きや喜びが歌となってあふれ出すのです。歌にこめられているのはコミュニティー再生の祈りでした。
 ヒップホップやサルサなどラテンのリズムに合わせて歌い踊るシーンから伝わるのは、日々を懸命に生きる人たちのエネルギーと連帯。500人超のダンサーが集ったシーンをはじめ、バズビー・バークレー風に見せるプールでの群舞、回転する建物で恋人たちが踊るシーンなど、映画版だからこその見せ場もたっぷりでした。汗や湿度を感じる映像と思わず体を揺らしてしまうことでしょう。

 そして何よりも映画が訴えるのは女性たちの強さです。かつて辛酸をなめたキューバ人移民の老女はコミュニティーの「母」として子どもたちの成長を見守っていました。カップルを引っ張り、未知の世界に踏み出そうとするのはつねに女性だったのです。
 
 女性たちの華やかな音楽、パワフルなダンスを一層印象付けるのが、カラフルな色彩で彩られたワシントンハイツのロケーションの力なんです。華やかな歌と踊りの中で、彼らは自分たちを育て迎える場所はここハイツしかないのだ、ここがやっぱり世代を超えてソウルダウなんだと強く感じました。監督は「クレイジー・リッチー」を当てたジョン・M・チュウ。 
 
 最後に、エンドロール後にはおまけ映像として、露天商のかき氷売りと大手アイスクリームチェーンの移動車販売店の直接対決が描かれます。思わず微笑んでしまう決着のつけ方をぜひお楽しみください。(2021年07月30日(金)公開)

☆公式ページ
https://wwws.warnerbros.co.jp/intheheights-movie.jp/



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