ハンニバルと言えば、現チュニジアに版図を持ったカルタゴの名将であり、第２次ポエニ戦争を開始し、ヨーロッパのイタリアの大部分を侵略し、共和制ローマに大損害を与えた将軍である（写真と図）。
今でもハンニバルの威勢は高く、イタリアではむずかる子どもを黙らせるのに、「ハンニバルが来るよ」と脅すそうだ。
ハンニバル――連戦連勝を重ねた戦歴から、カルタゴが滅びた後も、ローマ史上最強の敵として後世まで語り伝えらた。またアレクサンドロス、カエサルと並ぶ３名将の１人にも挙げられる。
◎第２次ポエニ戦争
そのハンニバルも、象でアルプス越えを試みたが大失敗を行ったことも有名だ（絵）。傲慢さと性急さから判断を誤り、ローマ征服という野望を達成できなかった。
ハンニバルは、父のハミルカル将軍が獲得したスペインのカルタゴ占領地で成長し、２２歳の若さでスペインのカルタゴ軍司令官に選出された。そして大胆にもスペイン西部の都市サマランカを攻めて占領した。次いでイベリア半島をすばやく横断し、ローマの主要都市の１つサグントゥムを包囲、陥落させた。これを受け、ローマはカルタゴに宣戦布告、第２次ポエニ戦争が始まった。
◎地勢情報を全く得ないで無謀の大アルプス越え
ハンニバルはイタリアに遠征し、そこで敵を叩くことを決めた。だが、侵入するルートは限られる。制海権はローマが握っているので、海上ルートは使えない。陸上を東進するのは長大な遠征が必要になり、しかも強大なローマ軍と正面衝突することになる。
採った手段は、迂回路としてアルプスを突破することだ。紀元前２１８年、ハンニバルは５万の兵、９０００頭の軍馬と荷役動物、それに３７頭のアフリカ象を従えて、拠点のカルタヘナを出発した。いかにもハンニバルらしく、行軍ルートについての情報をほとんど持たないままでのアルプス越えだった。
◎ローマ攻略成らず
アルプス越えの途中、ハンニバルは兵の半数と軍馬や荷役動物の大半を失った。３７頭いた戦象も、片手で数えられるほどに減ってしまった。そのため肝心なローマ攻略は不可能になった。
敵地に攻め込んだ優位性を活かすことができず、できたのは１５年間にわたってイタリアの田園地帯を荒廃させただけで、本国のカルタゴ防衛のため北アフリカに戻ることを余儀なくされる。そして最後は、ザマの戦いでローマ軍に完敗し、政治・軍事生命を終えた。
最後は、紀元前１８３年、逃亡先でローマの追及の手を察して毒杯を仰いで自死した（絵）。
◎雪のアルプス下りで大損害
あれほどローマ軍に恐れられ、しかも連戦連勝だったのに、険しい山岳の行軍で、ハンニバルは地理についてほとんど知識を持たなかった。問題が次々と起こったのは、アルプス下山に入った時だった。山を多少とも経験している僕にも分かるが、登りより下りが大変だし、リスク度も増す。ハンニバルも、まさに下山のリスクに直面した。
まず下り坂道は、表面の新雪が溶けかけ、ぬかるんでいた。その下には、つるつるの氷が張っていた。体重の重い馬と象は、ずぶずぶと地面に沈み込んだ。
さらに雪崩にも悩まされた。アルプスは世界一、雪崩の多い場所とされる。全世界で毎年１００万回近く発生する雪崩のうち、実に半数がこの狭い地域で起きる。囁き声で話さないと危険という谷が、アルプスには珍しくない。ほんの些細なことが雪崩のきっかけとなるアルプスでは、ハンニバルの行動はあまりにも無分別で、案の定、大きな雪崩を引き起こした。
◎アルプス大損害でも無敵の進撃
多くの兵士と動物が雪に埋もれて、転落死や窒息死した。生き残った者たちが自力で雪から這い出し、山を下るルートを見つけるのに、４日も要した。カルタゴ軍がアルプス山中に分け入ってから１５日後に、やっと下山できたが、兵士は前述のように半分以下に減っていた。
生き残った兵士たちも凍傷などにやられていただろうが、驚異的なのはハンニバルが残りの軍勢を率いてイタリアのポー平原に侵入し、ローマ軍に奇襲攻撃を仕掛けて、２度の戦闘でカルタゴ軍は勝ったことだ。その後もローマ軍側の反撃を撃退している。アルプス越えで大損害を被ったにもかかわらず、ハンニバル軍は不敗を誇ったのだ。
◎本国の北アフリカで敗北
ローマ軍も名将、スキピオ・アフリカヌスを立てて、態勢を挽回した。スキピオはハンニバルとの激突を避け、代わりにハンニバルの拠点だったイベリア半島を次々に奪回し、ついには北アフリカまで進攻し、カルタゴ本土をおびやかした。たまらずカルタゴは、ヨーロッパでは負け知らずのハンニバルに帰還を要請した。しかし加勢も得られず疲弊し切ったハンニバル軍は、北アフリカでスキピオに敗れ去った。
ローマはカルタゴ軍をヨーロッパからの駆逐に成功したのである。
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