mixiユーザー(id:492091)

2021年06月17日15:53

55 view

映画「茜色に焼かれる」作品レビュー〜石井節に包まれた理不尽あふれる世界

 石井裕也監督作品では、「舟を編む」や「ぼくたちの家族」、そして前作となる「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」では“透き通る色彩”にも魅せられました。新作は、鮮やかな茜色が印象的。
 
 特筆すべきところは、なんといっても4年ぶりに単独主演した尾野真千子の演技。風俗嬢の設定にも挑戦し、中学時代の同級生との情事のシーンでは、胸を晒すことも厭いませんでした。昼のパートに励む普通の主婦の顔と、夜の風俗でさらけ出す商売女のまるで別人かと思うくらい落差を見せつける存在感に圧倒されました。

 石井作品に共通するところは、初期の『川の底からこんにちは』から、あまりにも理不尽な出来事の連続に押し潰されそうになりながら、それでも懸命に生きる社会の底辺で暮らす人々の怒りに満ちた叫び声にあると思います。

 本作でも、ラストに主人公が劇中劇で披露する独り芝居で、台詞を通じて絶叫してくれました(^^ゞ『バンクーバーの朝日』では、一般の商業映画に堕してしまった石井監督でしたが、本作では理不尽あふれる世界に対して、「怒り」をぶちまける石井節を復活させてくれたのです。

 7年前、社会的立場のある老人のブレーキとアクセルの踏み間違いで、夫を突然奪われた田中良子(尾野真千子)と中学生の一人息子・純平(和田庵)は、公団で細々と暮らしていました。
 ひと言の謝罪もなかった加害者側からの賠償金は受け取らず、介護施設にいる義父の入居費や、夫が愛人に作った子の養育費まで支払う良子でした。しかし、始めたカフェはコロナ禍で潰れ、ホームセンターのアルバイトと風俗の仕事を掛け持ちしても生活は苦しいかったのです。

 良子が時給3200円で働く風俗店の同僚ケイ(片山友希)も、幼い頃から実の父親にレイプされるなど、ひどい目に遭ってきた。やるせない日々を過ごすケイや純平、そして自分自身にも「まあ、頑張りましょう」と良子は繰り返す。ようやく浮かび上がれるかと期待したら、さらなるどん底に突き落とされます。神様は残酷ですね。

 良子に不平不満や悩みはないのか。そう思っていると、偶然再会して好意を抱いた中学時代の同級生には、妻子がいたことを隠されいて、単なる遊びの関係を求められていたことが分かり、愕然となります。騙されていたことに涙を流した後、男を包丁で刺す寸前まで行くさまが痛々しかったです。
 純平は、良子が風俗で働いていることがクラスメートにばれて、学校でいじめに遭ってしまうのでした。
 さらに職場でいつも苦楽を分かち合ってきたケイに、子宮癌が発覚。これには良子も落ち込みます。

 トドメは良子にリストラの話が持ち込まれます。しかもその背景には、勤め先のスーパーに取引先幹部社員の子女を受け容れさせる圧力がかかり、玉突きで良子が追い出される結果となったわけなのです。
 これからどうやって暮らしていこうかと嘆く良子。それでも、はらわたが煮えくり返るほどに、良子は穏やかにほほ笑むのです。監督は石井裕也。脚本も自作で、昨夏、コロナ禍の最中に撮影した。その意気込みの結晶が、にこやかに闘う良子の像ではないでしょうか。

 誰もが日々の暮らしの場で闘っています。良子もケイも、母親の仕事ゆえにイジメに遭う純平も。その姿が深い感銘をもたらすことにつながりました。
 そんな良子は純平から、母さんはお芝居してるのと訊かれます。かつて演劇に傾倒していた彼女は、芝居が得意でした。そんな過去を知ることになっての質問です。もちろん純平が聞きたかったことは、母親の過去の演劇体験ではありません。
 母の答えは、「お芝居は真実」だと。なかなか意味深なやり取りです。良子の演劇体験はさておき、これは「まあ頑張りましょ」と一対の言葉であり、純平は納得するのです。そんな母子の関係がなかなかよかったです。

 そんな良子が、お芝居でなく本音を爆発させる瞬間のすさまじさ!これはもう尾野真千子の新たな代表作といって過言ではないでしょう。
 また、実直に社会に憤り、ケイに恋焦がれ、亡き父の面影を追う純平を体当たりで演じた純平役の和田庵もよかったです。
 そして揺れ動く感情をビビッドに発出する、ケイに成り切った片山友希。こちらも風俗シーンで胸をさらけ出す熱演をしていました。次世代の注目株となる若い俳優さんの演技が見逃せません。加えて、風俗店の店長を演じた永瀬正敏。この人ヤクザの肩書きも持っている本来は怖い役柄なんですが、良子に対しては実に人情味に溢れて、なんとも味わい深い演技でした。
 そしてオダギリジョーは、なんと死んだ夫役なので写真だけの出演でした。石井監督の次回作『アジアの天使』に期待しましょう。

 最後に劇中、タイトル通りに良子の顔が何度もオレンジ色に染まります。素直な思いをのぞかせる時に、画面が暖色系に包まれているように思えました。さらに、その比ではなく目に焼き付く茜色がクライマックスのシーンで広がるのです。良子の生きる意味がそこに込められていたのでしょう。とあるお猿さんが夕方の海岸でずっと西方浄土を拝んでいるように、あの空は、当分忘れそうにありません。

 石井監督は脚本も自作で、昨夏、コロナ禍の最中に本作を撮影しました。その意気込みの結晶が、にこやかに闘う良子の像だといえるでしょう。(公開:5月21日(金))

追伸 
 それにしても、この世界には、誰のためにあるのか分からないルールと、悪い冗談みたいなことばかりがあふれているものなのですね(^^ゞ

☆公式サイト
https://akaneiro-movie.com/
3 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2021年06月>
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930