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2021年06月06日03:41

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映画『HOKUSAI』作品レビュー

 「富嶽三十六景」などで知られる江戸時代の絵師、葛飾北斎の伝記映画には違いないが、堅苦しさや説教臭さはほとんどありません。一人の男の信念と熱情を描いたエンターテインメントとして、北斎や時代劇好きでなくとも楽しめる作りになってはいます。
 『相棒』シリーズを手掛ける橋本一監督だけに、要所要所でのエモーショナルな演出は素晴らしかったです。主演の北斎を演じた柳楽優弥や老年期の田中泯が一段と肉薄していたのではないかと思えました。
 但し、堅苦しさや説教臭さがない分、北斎が描きたかったモチーフについて、講釈を垂れることを避けています。そのため、なぜ著名な「葛飾応為」や「富嶽三十六景」を描くことになったのか、理解できませんでした。

 また時代が幕府の老中に松平定信が就任し寛政の改革が進められる最中の中で、華美装飾が禁じられて、芝居や浮世絵などの娯楽も次々と禁止されて、あまりに厳しい緊縮政治の結果、武士や庶民の不満が高まっていたのでした。
 当然こういう風潮に北斎も抵抗した結果、後半では公儀の追っ手から逃げるように諸国行脚に出かけることになったのです。ただ何故か本作では北斎自身が直接お上と対決するシーンはなく、もっぱら取り巻きでお上と対立する版元の蔦屋重三郎(阿部寛)や喜多川歌麿(玉木宏)、そして幕府に処刑されてしまう戯作者の柳亭種彦(永山瑛太)を励ます役回りに徹していました。これでは反骨精神たっぷりの北斎を描ききるには物足りません。大好きな橋本一監督だけに応援したい気分とイマイチな感じが相まって、鑑賞後に複雑な心境となりました。

 さて物語は豪華絢爛な町人文化に彩られた江戸の町の片隅で芽の出ない1人の絵師が登場するところからはじまります。その名は勝川春朗、のちの葛飾北斎がその貧乏絵師でした。絵師になったはいいが、あまりの傍若無人ぶりに師匠である勝川春章から破門を命じられる始末。ついには1日の飯すらろくに食べられない貧乏生活を送る羽目になってしまうのです。ところが“捨てる神あれば拾う神あり”とはよく言ったもので、この貧乏絵師に才能を見出した人物がいたのでした。喜多川歌麿や東洲斎写楽を世に送り出した希代の版元である蔦屋重三郎が北斎の隠れた才能を引っ張り出したのです。蔦屋重三郎によって本能が開花した北斎は次々と革新的な画を世に送り出し、たちまち江戸の人気者にのし上がります。しかし、そのことが江戸幕府の反感を大いに買うことになってしまったのでした。そして、北斎は喜多川歌麿や東洲斎写楽の力量に打ちのめされ旅に出ることになります。
 「なぜ絵を描くのか」「何を描きたいか」。絵を描くことにとりつかれながらも、いらだち混迷する若者の姿は時代や世界を超えて通じるものがありました。
 
 老年期には、脳卒中で倒れても、震える体で再び旅に出て創作意欲をたぎらせます。同志だった戯作者の柳亭種彦が幕府に処刑された日も「こんな日だから、絵を描く」と筆を執る気骨の持ち主だったのです。
 
 描きたいものしか描かないという変わり者からその独創性を極めていく柳楽優弥、重厚なたたずまいに加え、時に狂気をも体中に宿す田中泯へと変わっていく主役2人の「連携」にも違和感は感じませんでした。それは、圧倒されるほどの2人の目力の強さにも起因するものと思います。
 遊郭の絢爛たる室内や北斎の妻(瀧本美織)のかいがいしさ、海や山に溶け込むように自然の中を歩く北斎の引きの映像が、息苦しさを薄め、穏やかな空気感で作品を包み込んでいるからでもあるからでしょうか。

 橋本一監督は、さらに北斎に「人が喜ぶものを描くのは悪いことか」とお上の圧政を非難させ、「描きてえもんを吐き出して人の心を打つ。冥利に尽きる」と現代の表現者へのエールも語らせます。今や世界に冠たる芸術家とされる北斎ですが、その根底には人としての魅力と自由、衰えることのない探究心が息づいていると言いたいようです。

 新藤兼人監督の「北斎漫画」(1981年)では、北斎はエロスを創造の源に、煩悩にまみれ芸術を生み出した俗人として、喜劇調で描かれました。緒形拳が演じた北斎は、食えない老人でした。それに比べると、21世紀の北斎はずっとお行儀が善いのではないでしょうか(^^ゞ
 ちなみにわたしが映画業界に関わっていたとき、プロデューサーが北斎の映画化を自身の脚本で目指していました。その時の北斎は、なんと隠密の設定だったのです。表向きは絵師として諸国行脚しつつも、その実各藩の弱点を探っていたなんて設定もなかなかスリリングで映画的ではなかったかと思います。
 
 今作は、北斎が独創を得る瞬間を映像化したのが一番の趣向といえるでしょうだろう。ラスト近くで海に入って波をつかみ、往来の大風に人々の瞬時の姿態を発見するシーンは特に力が入っています。独特の青色を手に入れるところのシーンではロングとアップを取り混ぜて、瞬間と連続、時間の伸縮と、映画ならではの技術と手法を駆使して、天才画家の目を分かりやすく見せ手くれました。

 ただ衣類に無頓着な北斎が小ぎれいなのは「映画のウソ」と見逃してあげましょう(^^ゞ大きなウソは絢爛豪華な料亭で、床を背負った歌麿、酌をする写楽と重三郎、奥に北斎が見える場面です。背景が派手で人物が浮きにくいけれども、文化の担い手が一堂に会し、イメージが膨らみました。ニホンマツアキヒコ撮影監督の撮り方も独創性があって、北斎の作品世界につながるものを感じさせてくれました。

 なお当初は2020年5月29日に公開予定でしたが、新型コロナウイルスの感染状況および行政機関の発表・方針を鑑みて2021年5月28日に公開されました。

☆公式サイト
http://hokusai2020.com



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