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2021年05月30日08:39

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映画『やすらぎの森』作品レビュー〜胸に突き付ける「人生の終わりをどうすべきか」というテーマ

 人は誰でもいつか死ぬ。分かっていることだが人生の終わりに近づかないと深刻に考えない。現在公開中のカナダ映画『やすらぎの森』(ルイーズ・アルシャンボー監督)はそんなテーマを胸に突き付けてきました。
 
 主演はケベックのカトリーヌ・ドヌーヴといわれたアンドレ・ラシャペル。金髪とクラシカルな美貌からそう評されますが、本人は「フランス人と同一視されたくなかった。彼女のほうが若いのよ」と笑います。
 
 そして今作を最後に引退を決めた。「87歳になりました。パートナーをなくしてから疲れを感じています。この映画で引退できることがとても幸せです。とても美しい映画ですから」とメッセージを残したのでした。


 舞台はカナダのケベック州に広がる人里離れた広大な森林地帯。その湖のほとりにたたずむボロ小屋で、さまざまな理由から世間に背を向けて、年老いた3人の男性が愛犬たちと一緒に静かな暮らしを営んでいました。家族を捨ててきたチャーリー(ジルベール・スィコット)、さすらいのミュージシャンのトム(レミー・ジラール)、そして画家のテッド(レミー・ジラール)たちです。

 ある日、世捨て人となった彼らの前に、生活物資を届けていたスティーブがひとりの女性を連れてきます。それはテッドが心臓まひで死んだ直後のことでした。

 その80歳の女性ジェルトルード(アンドレ・ラシャペル)は、16歳で父にむりやり精神科の療養所に入れられ、60年以上も外界と隔絶した生活を強いられてきたのです。世捨て人たちに受け入れられたジェルトルードは、チャーリーらに支えられて森での生活になじみ、マリー・デネージュという新たな名前で新たな人生を踏み出し、澄みきった空気を吸い込みながら、日に日に活力を取り戻していくのでした。
 やがてジェルトルードはチャーリーと暮らし始めます。その中で結ばれるシーンは衝撃的でした。人は幾つになってもセックスできるのですね。老後の生き方に夢を抱かせるシーンでした。その反面トムは孤独を深め、青酸カリで死ぬ決心をします。
 さらに小屋には山火事と森林警備隊が迫っていました。老人たちは生活の糧のため、ある犯罪行為に手を染めていたのです。その自由の代償として、いつでも死ねるように青酸カリを用意していたのです。
 そんなわけで最後に残されたチャーリーにも決断を迫られていくのでした。

 アカデミー賞を受賞した『ノマドランド』にも深くつながる現代の世捨て人を描いた本作。登場人物たちは、いずれも80歳超の高齢者です。ケベックの作家ジョスリーヌ・ソシエの小説を映画化したルイーズ・アルシャンボー監督は、「人生の晩年」という主題を探求しました。詩情豊かな自然をカメラに収め、登場人物の息づかいや自然の鼓動までも伝わる繊細な世界観を見事に作りあげていると思います。

 わたしも還暦を過ぎた人間。そんな自分でも、人はいくつになっても誰かを愛し、新たな一歩を踏み出せるという本作の前向きな視点が、とても生きる勇気を鼓舞してくれました。そんな映像がもズシリと重みを感じさせるのは、老いの痛みや逃れられない死にも目を向けているからではないでしょうか。
 孤独とは何か、幸せとは何か、そして人生の終わりをどうすべきか。多くのことを考えさせられる作品です。のほほんと生きている人間には、チト痛いかもしれません。
 
 男たちが素っ裸で水浴びする冒頭や性愛シーンなどの生々しい描写にはきっと驚かれることでしょう。
 
 最後にカメラはほとんど森や湖から出ませんでした。そのためフィトンチッドを2時間あまり浴びた気になり、さわやかというか、すがすがしい気分になれました。森林浴映画ですね。でも美しい映像とは裏腹に、ストーリーは安らぎというよりシビアな現実が随所に。
 エンドロール後もしばらくテロップを見て欲しいです。すると死を決意する直前のトムが酒場で歌うシーンが出てきます。その世間にあらがい、森に溶け込んで生きる老人たちの姿を慈しむような渋い歌声が、本作の余韻を一層深めてくれました。
(日本公開:6月18日)

作品公式サイト
https://yasuragi.espace-sarou.com/




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