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2020年10月27日23:13

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スーヴェニール 2

しばらくベンチから立ち上がれずにいたが、だんだんと落ち着いてきた。そろそろ帰らなきゃ。お母さんに怪しまれる。
あの子はもう帰ったかな。
バス停から出て坂のてっぺんまで歩く。来た道を見下ろすが、カーブまでの直線には自転車も歩行者もいなかった。そうだよね。

坂道の途中で、自転車を停めて抱き合っていました。

「うわあああああ」小声で叫びながら、ふと浮かんだフレーズを打ち消す。違う違う、そうじゃない、頭を抱えてブンブンと振り払う。やめてやめて。
人には見られていない、と思う。ちょうど廻りに家もない場所だし、片側は丘だし、誰も通りかからなかったし。もしお母さんが見たらぶっ倒れるだろうな。 

ところで、あの子は何しに来たんだっけ。リボンを返すため?それだけ?なんなんだ。まあいいや。

そのまま普通に家に帰って、お母さんに何か言われることもなく、普段通りの普通の一日を過ごした。あの子の話は家ではしないから、引っ越すことなんて誰も知らない。家の皆の中では、何も起きないただの一日に過ぎないのだった。

隠れてコソコソ会ったりして、いやらしい。
お母さんの声が聞こえてくるような思いがする。やましいことは何もない。あの子と話せるのはふたりきりのときだけで、他の人が入れば話せなくなるからどうしてもそうなってしまうのだけど、それをコソコソとか言われたら困ってしまう。
あの子が女の子だったら良かったのに。それか、あたしが男の子だったら良かったのに。そしたら何の問題もない。

あの子が明日いなくなる。それについては、特に「もう会えなくなる」だの「さびしい」だのという感情がなぜか沸かなかった。いまいちピンと来てないだけなのかもしれない。住む場所が変わるだけじゃん?近くにいたって会わない日があるから同じじゃん?それがちょっと長くなるだけ。

いるうちにやりたいことがもっとあったんだよな。
制服交換して化粧するだけで終わってしまったけど、「マクドナルドに行く」とか「前に住んでいた所にいってみる」とか、いろいろやってみたかった。
早めに気がついて止めて良かった。全部あの子のためじゃない、自分のためにあの子を利用しようとしていただけ。これ以上振り回さなくて済んで、本当に良かった。自分のための道具にしていた。ひどいことをしていた。

次の日の午前10時ごろ、ピンポンと呼び鈴が鳴ってしばらくすると、お母さんが「ちょっとお姉ちゃん?」怪訝な様子で小声で呼びながら階段を上がってきた。「あんた、友達いう子が来とるんじゃけど、あんな派手な友達がおったん?」派手な子?誰だろう。うちのお母さんにしたらゲームセンターに行けば不良とか、髪色を少し明るくしたら不良、という感覚なので「派手」ではわからない。
「よう気をつけられえよ、騙されてないじゃろうな」一階に下りてみるとリキコさんが私服の赤いジャージを着て立っていた。うん、まあ目の覚めるような色で派手と言えば派手だなと思った。
リキコさんは私を見ると「あ、春名さん」と言った。「今日マキハラ引っ越しだよ。一緒に行こう。」
「え?」「今日でいなくなるんだよ。行くよ」「…行かない」行けるはずがない。それに、あの子は全部リセットして行きたいんだろうから、行っちゃいけない。「え?なんて?」「行かない」「なんで?」
お母さんが来て、一体どうしたのか聞かれた。
「おばさん、友達が今日引っ越すんです。一緒に見送りにつれて行っていいですか?」
「えっ、あんたの友達って?」とお母さんは私に聞いた。「マキハラくんだよ」「ああ、あの子。どうしたん引っ越すんかな」と少し笑いながら言った。そして内緒声で「それでわかったわ、あの子の差し金で来たんじゃな」と言った。
その様子をみていたリキコさんがちょっと変な顔をした。「おばさん。失礼ですけど、私らの大事な友達です。へんな風に言わないでください」
お母さんの顔を見るともう笑っていなかった。やばい。
「じゃあ連れていきますよ、昼までには帰しますから」
「ああ、、遅うならんようにお願いね」そして私に小声で「勝手に行くんだから勝手にすればいい、別に帰ってこんでもええし」とささやいた。「子供のくせに生意気なことを言う」「あたし、行かないって言ったんだけど…」「外に自転車停めてあるから、後ろに乗って」
ああ、随分強引な子だな、そうか、これがジャイアニズム、、、
「ちゃんと捕まっとかんと振り落とすからな」後ろの荷台に乗ってサドルの後ろを掴んでいると、そう言われた。別に、落としてくれてもいいよ…。「あたしの腰に捕まったほうが安全だよ」
いやだ。なんであたしがリキコさんとニケツ&バックハグせなならんのだ??無理無理無理。「じゃあ行くよ、知らんからな」いきなりすごいスピードで漕ぎ出した。
うわー、魂が置いていかれるー。きゃー。
カーブをキュッと曲がって信号で停まった時に、うしろを振り向いて言った「春名さんのお母さんて美人じゃな。」「ああ、」「モデルさんみたい」「うん、似てる人がいた」「え?なんか言った?」「小さい時に、本にお母さんそっくりなモデルさんがいた」「本当にやってたの?」「違う」
信号が変わった。またリキコさんは全速力でペダルを踏み始めた。あたしが乗っている分かなり重くなっているはずなのに。
小さい頃から、幼稚園や小学校の参観日に母が来ると、他のお母さんより明らかに若くて綺麗なのが嬉しかった。それだけは自慢だった。昔の迷信ばかり信じていて、中身はちっとも若くないけど。
次に停まったとき「春名さん、美人って言われたことあるでしょ?」と聞かれた。「うん、よく言われる。写真見せたらいつも、」「お母さんじゃないよ、」は?「あんたのことよ」
は?何言ってるの?
答えを聞く前にまた漕ぎ出す。自転車が走るともう聞こえない。

家に近くなった頃「差し入れ買っとこう」と言って、自動販売機で缶ジュースを買った。「コーヒーとお茶とサイダーと、あっサッチンにはオレンジジュースがいいかな、」と言いながらリキコさんはテキパキと何本も買っていく。私はそれを取り出してビニール袋に入れていく。「着いたらそれ持って行って渡してよ」ええっ。「多分お母さんかお姉ちゃんが出られるから、ハイッて渡したらいいから」
「なんであたしが?」「ボーッと立ってるよりいいでしょ?」うん。…いや、そうじゃなくて。
「ああ、あんたら見てるとイライラするのよね」
話とんでない?「はっきり言うけど、あんたマキハラのこと好きでしょ」「え」
「さっさとつきあっちゃえばいいのに、ああ、あの子は言わないよ、言わなくてもみてたらバレバレなのよ」何が?それリキコさんが思ってるだけだよね?「このまま言わずに離れるの?どうせなら一回くっついてから別れたらいいのよ」
「別れない」「えっ、あっ、そう?」「うん。だから言わない」「へ、へえ…それなら、それでもいいけど」
急にあたしが意味のあることを言ったせいか、リキコさんがちょっと引いた感じがした。

また自転車に乗って、ヨッチンの家に着いた。ここに来るのは2回目。リキコさんの後ろに隠れるようにくっついて歩いていく。
「おうマキハラ来たよー!」リキコさんが呼びかけるので見ると、ヨッチンが庭に出ているのが見えた。後ろのあたしに気付かれたかな。
「あたし先に行くからさ、付いてきたらいいから。あ、ジュースよろしくね」
リキコさんはそう言ったのに、玄関口で呼び鈴を鳴らして「こんにちは」と言ったあと、「あたし裏から入らせてもらうから、あとよろしくね」と言ってどこかに行ってしまった。
ええー、待って、どうするの?!

玄関に出られたお母さんは穏やかそうな方で、私が固まって突っ立ってるのを見て「まあまあ、可愛らしいお嬢さん。」と笑っていた。そして「いつもうちの子と仲良くしてくれてありがとうね」と言われた。
「え、いえそんな、」
「そうそう、今呼ぶからちょっと待っていてね。由貴ー」
あああ、呼ばなくていい、
ヨッチンが奥から出てきて私を見るなり「え、なんで」と言った。
「見送りに来てくれたのよ」「リキコがなんか言った?」「そういうこと言わんの、せっかく来てくれたんだから」
「あの、私すぐ帰りますから」
「ああ、いいんよ。ゆっくりしていって、ほら」
「え…。」どうみても邪魔になってる。早く帰りたい。
「いいんです、あの、もう、これで…」
言っている間にお母さんは奥に引っ込んでしまい、玄関にはヨッチンとふたりで残された。
「あー…。」気まずい。「あの、なんもない、なんもないからね」「ええと、うん」ヨッチンは目も合わさずに答えた。「あ、そうだ、はい。差し入れ」持っていたジュースの袋を、手に触れないように慎重に渡した。「これ渡しにきただけだから、もう帰るね。あ…リキコさんどこ行ったのかな」「庭にいるよ」「そうなんだ、リキコさんて、なんか家族みたいだよね」「ああ、」
「ええと、ヨッチン、元気でね」「うん」「あんたなら上手くやれるよ」「うん」「もう行くね、その前に庭に行っていい?」リキコさんにもう帰ることを伝えるために、庭に回った。
「もう帰る」「えっ何?もう帰るって?」リキコさんが言った後ろから声がきこえた。
「メイちゃん、送るわ」ヨッチンが家の中から縁側のほうに回ってきて言った。「ちょっと待ってて」そういうとまた中の方に入って行った。
「ああ、いいよ道覚えたから大丈夫だよ、」
「送ってもらいなよ」とリキコさんが言った。「まだ出発までに時間はあるからさ、ちょうどいいじゃない?」
ナチュラルに入り込んで馴染んでいるリキコさんて謎だわ…と思いつつ、庭で待っていた。

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