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2017年11月16日09:11

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小説「死の川を越えて」 第27話

大正6年のある日、正助たちは久しぶりに万場老人を訪ねた。正助の傍に座るさやの姿は、新妻の雰囲気が漂っている。それを見て老人が言った。
「若いというのはいいものじゃな。は、は、は」
「さやちゃんも勉強したいと言うので」
「おお、それは感心じゃ。これからは、女が学ばねばならぬ時代なのじゃ」
「先生、そこでさやちゃんは、この湯之沢集落が出来たいきさつを知りたがっています。前に、ハンセンの光ということを教えてもらいましたが、その時、村から追い出されてこの集落が出来たようなことを言われましたね。そのことを俺たちもっと深く知りたいのです」
正助がこう切り出したとき、権太が言い出した。
「うん、先生、俺も知りてえ。昔は、本村の病気を持たねえ人と一緒に風呂に入っていたという。それが何で追われたんですか」
「権太、お前が不思議に思うのも無理はない。よし、よい機会じゃ。昔のことを話そう。それを知ることが、この集落を守り、偏見と戦う原点となる」
万場軍兵衛はきっぱりと言った。そして、後ろに手を伸ばし、古い書きつけを引き寄せた。万場老人は書付けをめくりながら語り出した。
「この草津は昔から有名だった。明治の初め、明治12年頃かな、スウェーデンの人物で地理学者のノルデンシュルドやドイツの医学者ベルツなども草津を訪れている」
 老人は少し考えて続けた。
「このノルデンシュルドはな、草津の共同浴場で、ハンセン病の者も、普通の人も混浴している姿を見て、大変驚いている。社会の発展と、こういう人たちが温泉の良さを発表した影響は大きかったに違いない。こうした事情で草津は、新しい繁栄期を迎えるのじゃ。そして新しい客層が増える。新しい旅館経営者も増える」
こういって、万場老人は、どうだと言わんばかりに若者の顔を見た。
「新しい住人は草津の習慣を嫌う。ハンセンを怖がる。そこでハンセンの患者は分ける、という声が高まったのですね」
「営業の妨げとなる。ハンセンは出て行けだ」
正男と権太が次々に声をあげた。

※毎週火・木は、上毛新聞連載中の私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。

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