愛と憎悪が共存する世界を誰も知らない。あるいは誰もが”知っている”と言うだろう。
でもそれを知らないのだ。
わたしは”夢で見ている”。
未来というものを誰よりも近く感じてしまう。
現実や今というものに全てが詰まっているというならば、やはりあなたは何も知らない。
結末はひとつしかない。
そのことの意味を知るならば、ひとは厭世的に存在を疑うことになるだろう。
でも”真実”をもとめるものよ。
もっと深くへと潜っていこうか。
____やさぐれていたツォルノツツスは、椅子に座って足を組み手を添えて、その先の爪をカリカリカリカリと噛みながらつぶやいていた。
「ツォルノ、今朝はだいぶいいのかい?」
ツォルノツツスは我に帰って床に足を付けて歩いた。
「兄さま、そのように見えましたか?」
ナガギダはテーブルに焼き立ての目玉焼きとベーコンを運びながら、犬のコペンダを足であやしながら答えた。
「そのようには見えなかったよ、ツォルノ。温かい水を飲むと良い、その後には温かい茶と、ミルクを用意しているよ」
夢から醒めたばかりのツォルノツツスは疲れていた。
「ありがとう。兄さまには感謝の言葉しかありませぬ」
まだ陽が昇るよりも前の、時刻である。「ツォルノツツス、君はファウストを嫌ってはいるが、今夜は彼と一緒に来てもらうよ」
ツォルノツツスは予知夢に疲れ切っていた。それはもう十年も食いちぎられたような心を、今更レノン・パースト(ファウスト)如きに毛嫌いする理由もない。
唯悲しい現実は、”破滅”を予言していた。
ツォルノツツは”呪われた巫女”
誕生の時からマガ板の占いにより、決しては出してはならないと言われる表八枚が出てしまう。それから禊ぎの一投がまた、表の八枚が空に顔を出した。これは古来から呼ばれていた、”世界滅亡のときにあらわれる呪われた巫女”という印だった。
伝説はたいして信じられやしない。ツォルノツツスも活発な赤子としてすくすくと育っていた。だが次第に恐ろしい夢をみることとなり、それは世界滅亡の夢だったのだ。
既に五歳になる頃には、ツォルノツツスは毎晩うなされることになる。誰も子供の言うことなど信じたりはしないだろうが、しかし”呪われた巫女”が、世界が破滅する夢にうなされて毎夜のごとく泣きはらしているという噂は、たちまちに地方に流れてしまっていた。
ツォルノツツスは禍の少女と呼ばれ、その家族は”不幸を呼ぶもの”と烙印を押されてしまったのだ。
だがそれもその筈。未来を予知できるツォルノツツスは、身近にある未来を夢により見ることができたが、しかしそれは人に伝えると、”実現しない”という複雑なものだった。
ほぼ正確に未来を予知できるツォルノツツスだったが、しかしそれを伝えるとそれは実現しない。
初めて夢を見た時、「その道を通ってはならぬ」と旅人に進言をした。たった五歳の少女だが、それを不気味に思った旅人は別の道を通った。
それで命が助かることになったのだがそれを誰も知らない。
ある日近隣の村人に、それはツォルノツツスを呪われた巫女として、常日頃からいじめをしていた村人なのだが、ツォルノツツスは明確に予知夢によってその女性の死を見てしまった。
だがツォルノツツスはその不幸で不吉なる予知を発言する、ことによって女性の死を回避させた。
もちろんのこと”呪われた巫女”と烙印を押されていたツォルノツツスは、”不吉な事ばかり言う少女”として嫌われることになっていた。
だが世界の破滅の夢を、子供の頃から見ている少女には。
それは大したことではなかた。
しかし言うべきか、言わぬべきかという心理的格闘を、彼女は日々やらねばならない。
夢というものは、瞬間に忘れることもあった。もしくは睡眠の過程では、既に思い出せない夢もあった。目覚めた瞬間に忘れてしまうこともある。それは現実以上に、現実なのだが、やはり危うい地平状にある不思議な、とても不思議な現象なのである。
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