神倉神社から国道まで歩いて行くと、たまたま12時に新宮駅を出発したバスが目の前に来たので飛び乗った。
そのまま紀伊勝浦まで戻っても良いのだが今日だけで那智〜紀伊勝浦駅間を二往復することもあり、いい加減飽きてきたので重複する部分は歩くことにし、那智駅で降りてしまった。
(後々考えると、この時間から熊野本宮に行ったとしても昨日よりも早く着けていたので、一日で三社全て回れた事になる)
那智駅はJRの駅というよりも「那智駅交流センター」という道の駅に併設された駅のような感じに変わってしまっており、観光バスがトイレ休憩で停車するようなスポットになっていた。
たまたま自分が路線バスを降りた時に、観光バスからもお客さんが降りてきていた。
自分が行こうと思っていた浜の宮王子に、観光客の人も向かうようなので団体に混じった上で行動することとした。
自分は「○○王子」と名前が付く場所を単に見たかっただけなのだが、この浜の宮王子に関してはかなり歴史があるらしい。
ガイドさんの話を聴いていると、この王子には補陀洛山寺という寺院があり、この寺院から観音浄土である補陀洛山へと小船で旅立った宗教儀礼「補陀洛渡海」があったらしい。
この時の小船・渡海船が飾られていた。
さらに話を聞くと、船上に造られた屋形には扉が無く屋形に人が入ると、出入り口に板が嵌め込まれ外から釘が打たれ固定され中からは脱出できないような仕組みになっている。
渡海とは「屋形内に人を入れ、意図的に漂流させる」儀式である。漂流先は観音浄土である補陀洛山である。
当然逃げ出す人もいたらしく、捕えられて海に投げ込まれた事件もあったとの事。
沖縄に流れ着いて"生き延びた"人(日秀上人)もいたらしい。
http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/000200/nagomi/web/nagomi12/specialfeature04/
今回たまたま団体旅行の人と一緒に行動できたこともあり詳しい話を聴けたのだが、看板等にはここまで詳しい話はなかった。
ガイドさんの話と後々旅行から帰ってきて調べた内容から"補陀洛"という宗教儀式を知るに至った。
また本宮地域、那智駅の観光センターですら補陀洛に関する詳しい事象が触れられておらず、今では意図的に隠している雰囲気すら見受けられた。
(トレッキングガイドまたは世界遺産としての中辺路紹介はたくさん見かけたが、宗教儀式部分は避けている感じが強い)
なお補陀洛山寺がある浜の宮王子は元々海に面していたらしいが、今は海はかなり先まで歩かないと着かない位に離れてしまっている。
海が近くにあった歴史は、寺院内は土ではなく海砂が多くみられることからも判る。
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旅行日:2014/12/21(Sun.)
写真: 補陀洛山寺(本堂), 渡海船(模型), 浜の宮王子鳥居方面
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