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2012年08月16日18:54

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軍艦島レポート(前編)

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長崎港を午前9時出発。貴重な産業遺産といわれる軍艦島を目指すクルーズです。この日は早朝大雨だったのが、出航の頃には曇り空まで回復。軍艦島に到着する頃には青空にも恵まれました(実際はそうも甘くはなかったのですが・・・)
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出航してしばらくは、不可抗力的に三菱重工の造船工場見学になります。なにしろ長崎湾を抜けるまでの狭い航路の間は、右も左も造船所だらけ。「ワレニウス・ウィルヘルムセン」とかいうロゴが入った巨大船がドッグに停泊中。後で調べたらスウェーデンの海運会社の船を、三菱が受託製造しているものでした。この巨大感は圧倒的。これから向かう軍艦島も三菱石炭鉱業の元炭鉱なわけですから、この地域での三菱財閥の強大さを今更ながらに感じざるを得ないツアー序盤です。
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前日、出島で話題になった長崎めがみ大橋・・・通称ヴィーナスウィングの下を抜けていくと、ようやく広い長崎湾の中心に出ます。それでもまだ続く造船所の連なる海域に茫然としていると、前方に超巨大な豪華客船が見えてきました。船には「Legend of the Seas」と書いてある。米国のロイヤル・カリビアン・インターナショナルが経営する超高級クルーズ客船でした。一番格安のアジアツアーで、一泊2万円×就航日数だそうです・・・ちょっと世界が違う(^^;
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出航から30分ほどで高島に到着・・・あれ?軍艦島じゃないの?普通の港だけど・・・実は軍艦島は暫定世界遺産(候補って事?)になっていて、現地にはトイレすらない。そこで手前の高島でトイレ休憩を兼ね、炭鉱博物館見学をする時間が設定されているのでした。事前に軍艦島のお勉強をしましょうということです。写真左が軍艦島の100分の1模型。ただしこの模型、炭鉱産業全盛当時の模型ということで、現在の軍艦島は自然崩壊が進み、この模型にある建造物が原型を留めていないのが実態です。そしてこの写真アングルが軍艦島ネーミングの由来となった戦艦「土佐」に似ている構図に相当するとのこと。博物館には炭鉱産業全盛時代の人々の生活の様子などが写真と合わせて展示されています。
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写真左が一番良質の石炭で正式名は塊炭。通称・黒ダイヤと呼ばれ高純度&高カロリーで燃料エネルギーに最適な石炭。日本で最高の石炭が大量に採掘できるのがこの軍艦島。そのためこの小さな島に大量の人々が居住し、最盛期には5,300人もが生活していました。この5,300人という人数が、どれくらい凄いかというと・・・
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軍艦島の大きさは埋め立てで一番大きくなった時の総面積が63,000m2という規模。南北に480m、東西に160mというサイズで、島の最外周回距離はたったの1.2Kmです。1.2Km?・・・それって自分が代々木公園をランニングしている周回コースと同じ。その枠内に5,300人が生活というのは、いくらなんでもありえない!?当時の東京都の9倍の人口密度だそうです。
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もう一度100分の1模型をじっくりと見る。島の周囲は全て断崖絶壁でまるで刑務所のよう。鉄筋コンクリートの高層アパートが団地のように建ち並び、学校や病院、映画館、プール、大衆酒場から雀荘まで何でもあったそうです。唯一無かったのは火葬場だけだったとか・・・想像するとちょっと異常。香港・九龍以上(行ったことないけど)、ブレードランナーも真っ青。興味本位でクルーズに参加した自分がちょっと後ろめたくなってきました。明治から大正、昭和40年代にかけて、この島でどんな人間社会が築かれていたのか? 予想だにしていなかった一大産業の歴史と終焉の姿を原体験するのが軍艦島だったのです。
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クルーズ船は高島港を再出発。いよいよ軍艦島に向かいます。やがて・・・
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見えた!あれが軍艦島!
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