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2011年11月09日04:43

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天使の呼鈴

私が生きる

方向を暗示させた

ひとつの呼鈴の

話をしましょう。


サラリーマン時代

私はそれほど


気を入れて

いたのではないが

趣味でやっていた

書道に才能があり

1万人いる会員の


教師、師範まで


上り詰めていた。


ある展覧会に

出展した時


それを見た1人の

主婦の心を


射ったようだった


その人が主催者に

無理やり私の住所を聞いて夕方突然やって来た。

ピンポン

呼鈴が鳴った


痩せ細った女性が

女の子を連れて


立っていた


先生

お願いです


この子に


書道教えて下さい

燃えるような瞳で

懇願してきた

私はサラリーマン

教える資格は

ありますが

生徒を持ったこと
もないし、時間も
ないと断りました。

すると、子どもを

外に出して


近づいて来て

私は末期がんで

もう長くありません。この子は妊娠中に飲んでた薬の副作用か、耳が不自由と知能障害等になりいつも母親のせいだと家で暴れ、言う事聞かない子になってしまいました。

私はこの子を残して死ぬに死ねないと悩みながら、二人でふらっと展覧会場に入ったのでした。

するとこの子が
先生の書の前で動かなくなりずっと見つめていました。

何か感動したようでした。


それで、はっと
気づいてこの子を先生に託してみよようと心に決めて参りました。


と泣き出しました


そこまで言われて私は断れなくなり初めての弟子をいや生徒を持ったのでした。


その子との

書道の教えには

壮絶な戦いが

ありました。

心がひねくれて

まともに書く気もなく暴れ放題で帰る日々でした。

しかし、お母さんが亡くなったと聞いてお通夜に行きました。

ずらっと並んでいたので一番後ろに並んだ時、彼女が出て来て、私を見つけ、不自由な言葉から、叫ぶような声を発しながら、私の腕を掴み引っ張って行きました。

お母さんの遺体の前に座らされました。

そして一緒に泣きました。


彼女はやっと気がついたのです。


あの日の事を


お母さんが

私に託した意味を

それから、あの子は好き勝手にやって来ました。

何時間も書いて

筆談で理解して

何千枚も

書いていました


それから、彼女は賞状を持って来ました。

全国一になった
賞状を


今は結婚して
書道教師になっているようです。


お母さん


良かったね



とても大変な



お願いでしたよ。


でも私の生き方に

影響くれました


ありがとう


ございます


天使の呼鈴


忘れません




安らかに


おねむり下さい


合掌。

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