(五日目)
朝起きた後も、この後何処に行こうか思案していた。
「礼文島にも行きたいし、このまま道東にいてもいいし…」
朝食の時に同室に泊まっている人から、「これから羅臼の方へ抜けて摩周湖へ行く」という話を聞いた。
この時にかなり無理を言って同行させてもらうことにした。
(普段から車を運転しないため、今後まず標津方面へ行くことはありえないので)
その方からOKを貰ったことにより、一緒に道東ドライブツアーを行うことになった。
…ということでその日の宿は自動的に摩周湖YHと決まった。
岩尾別YHを出た後に、知床峠で一休憩。
羅臼の町へ出たあとに、一路羅臼側の道路の行き止まりである「相泊」まで車を走らせる。
相泊の集落は少し家が集まっている感じで、淋しげな感じというものは感じなかった。
車道こそなくなったものの、その先の浜辺にも人の気配が感じられたのもあった。
間違いなく知床大橋のような人を寄せ付けない感じは微塵もなかった。
相泊から少し戻ったところにあった「セセキ温泉」に入ることにする。
セセキ温泉は満潮時には水没してしまう天然の温泉なのだが、
行った時は干潮時であったため、しっかりと湯船は出ていた。
入ろうとしたが、とてつもなく熱く入れたものではない。
入るのを諦めて帰り支度をしている時に、この湯船を管理している人が近づいてきた。
「一言声を掛けてくれれば…」という小言を言われた後に、湯冷まし用のホースと水を貸してくれた。
水で冷まし、ようやく温泉の湯が適温となり浸かることが出来た。
お湯自体は無味無臭ではあるが、
目の前にははっきりと国後島が見えるロケーションで入る温泉は格別である。
温泉を出る頃には、お昼近くになった。
羅臼の街から少し車を走らせて、麻布町の集落にある「まるみ食堂」で昼食となった。
このお店は一緒に同行させてもらっている人のお気に入りだそうで、旅行の際にはいつも立ち寄るそうである。
実際に、お店の人とも親しく話していた。
ここのお店のメニューの量は半端でなく多く、なんとか全て食べ尽くしたくらいであった。
お昼休憩をした後は、今回の主目的であったらしい薫別温泉へ向かうことになった。
ただし詳しい場所はわからないらしく、時々地元の人や交番に立ち寄り聞きながら向かうことになった。(※注1)
何とか薫別温泉入口のダートまで来たのだが、立ち木が道路を塞いでいて、その先へ車を走らせることが出来ない。
仕方なく歩いて行くことになりそうなのだが、このダートに熊が出てきても全くおかしくないぐらいの場所である。
残念だが薫別温泉を諦めることになった。
また近くの川北温泉へも行こうとしたのだが、移動時間の関係で諦めることにした。(※注2)
その後、中標津空港近辺を走らせ、開陽台へ向かった。
この時は"開陽台"という場所がどのような所か全く知らなかった。
とにかく180度以上の範囲で地平線が見える場所との事、ライダーの聖地であるらしい。
この日は標津地域に近づくにつれて曇天となってしまったのだが、地平線ははっきり見えた。(※注3)
6月の頭の平日ということもあってライダーはまばらであり、主みたいな人もいなかった。
その後は"計根別""虹別"を通り摩周湖YHへ直行した。その頃になると雨が降り始めた。
摩周湖YHに18時に到着した。その時も雨は降り続いていた。
しかし夕食を食べる前に見たNHKのニュースでは、近くの屈斜路湖は晴れていた。
さほど距離はないはずなのに全く天気が違うのである。
夕食はYHの中ではなく、同じ敷地にある他の建物で食べるようになっていた。
紛れもなくYH食というよりかは、普通のお店の食事である。
夕食後のティータイムで見ると、その日に泊まっていた人は自分達を含めて10人弱であった。
その場で明日のカヌーツアーの募集が行われていた。
シーカヤックをやったので、川のカヌーをしても良いのではないかと思い参加することにした。
同じくカヌーをする人が自分を含めて3人することになった。
ただしこの時、先程の夕食を食べたお店で働いていたスタッフがYH内にいるのである。
お客さん側を無視して、談話室のTVを独占して野球を見ている状態である。
「このスタッフはヘルパーなのか?」 (※注4)
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旅行記:2000/06/14 Tue.
写真: 知床峠からの羅臼岳,国後島
セセキ温泉
※注1
交番では度々尋ねてくる人が多く専用の地図が用意してあった。その地図を頼りにダートへ向かった。
※注2
摩周湖YHで夕食を頼んであったため、必ず18時までに着かなければならなかった。
※注3
普通の人ならば目の前に広がる地平線で感動すると思う。
しかし前年にモンゴルで360度地平線状態を体験してしまっているため、感動はかなり薄れてしまった。
ただし中標津空港や標津の町が展望できるので、その意味だけでも充分楽しめた。
※注4
ティータイムの時に相談に乗ってもらったヘルパーさんは、お客さんを無視せず真っ当なヘルパーさんとペアレントさんであった。
ただしこのスタッフは一体何だったのかは今でもわからない。
食堂ではなく、実際には別棟のお店のスタッフであったわけで…。
明らかに地元の住民ではなく、現地で住み込みで働いていたスタッフには間違いない。
この後は、このスタッフをヘルパーと勘違いしたことにより話が続くことになる。
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