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2026年10月08日06:06

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機動戦士ガンダムの音楽、サントラ盤と、エレクトーン版を聞き比べてみる。どちらが好みか?

MOBILE SUIT GUNDAM MOVIE BGM: White Base
https://www.youtube.com/watch?v=jk-r_cOLKu0

ホワイトベース - 劇場版「機動戦士ガンダム」エレクトーン
https://www.youtube.com/watch?v=uWImfNRCPbs

さきほど『機動戦士ガンダム』の音楽を、サントラ盤とエレクトーン版で聞き比べてみた。曲は「ホワイトベース」。そして、どちらが好みかと問われれば、やはり私は原曲のサントラの方に惹かれる。アコースティックのドラム、ティンパニー、弦楽器、管楽器によって演奏されたあの音の方が、どうしてもこちらの胸に深く入ってくる。

もちろん、そこには記憶の作用もあるだろう。長年親しんだ音である以上、懐かしさに引かれている面は否定できない。しかし、それだけではないように思う。単に「昔聞いた音だから好き」という以上の、もっと音そのものに即した理由がある。

一言でいえば、「厚み」が違うのである。

原曲のサントラでは、打楽器も弦も管も、それぞれが独立した物体として鳴っている。ドラムの打撃には皮の震えがあり、ティンパニーには空気を押し出すような重さがある。弦は一斉に鳴っているようでいて、わずかな揺れやにじみを含み、管には金属や木の息づかいがある。それらが重なり合うことで、単なる旋律や和声以上のもの、いわば「音の層」が生まれる。私はその層を、たぶん「厚み」と呼んでいるのだと思う。

それに対してエレクトーン版は、たいへん巧みではあるのだが、どうしても一人の演奏に整理される。音楽の構造はよく見えるし、旋律も伴奏も明瞭で、全体像を把握するにはむしろ優れている面すらある。しかしその代わり、原曲にあった複数の奏者たちの押し引き、わずかなズレ、音色同士の摩擦のようなものは薄くなる。言い換えれば、原曲が「集団で鳴っている音楽」だとすれば、エレクトーン版は「一つの身体に収められた音楽」である。その違いは、思った以上に大きい。

とりわけ『ガンダム』の劇伴のような音楽では、その差が決定的になるのだろう。あの音楽は単にメロディを聞かせるものではなく、戦艦の重量感や緊張感、軍事的な規律、そして哀感のようなものを、音の編成そのもので支えている。生のドラムやティンパニーの打撃は、ただリズムを刻むのではなく、場面そのものの重力を作っている。弦や管の厚みは、単なる装飾ではなく、画面の奥行きや人物の感情を支える空気になっている。だから、エレクトーン版で曲の輪郭が再現されても、原曲で感じられた「世界の気圧」のようなものまでは、どうしても移し替えきれない。

そう考えると、私が原曲の方を好むのは、単なる懐古趣味ではない。音の物質感、合奏の重心、複数の楽器が作る空間、それらを耳がちゃんと受け取っているからなのだと思う。そして、その「厚み」の差が、そのまま受け取る側の情動の質の差になっているのだろう。エレクトーン版は設計図としては見事だが、原曲サントラはその設計図に、実際の素材と重量と空気を与えたものだ。私はたぶん、曲のかたちだけでなく、その重量まで含めて『ホワイトベース』を聞いていたのである。

感想を少し添えるなら、こういう聞き比べは、単に優劣を決めるためというより、自分が音楽の何を聞いているかを発見する作業なのだと思う。メロディなのか、和声なのか、編成なのか、あるいは音そのものの手触りなのか。今回あらためて分かったのは、私はどうやら「正しい音程」や「曲の再現」以上に、複数の物体が同時に鳴るときの厚みや、そこから生まれる空気の圧をかなり大事に聞いているらしい、ということだった。それはガンダムの劇伴に限らず、オーケストラや映画音楽や、あるいは生演奏一般を好む理由にもつながっているのかもしれない。

「厚み」は音の数ではなく、「異なるものが同時に存在する」厚みなのである。


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