ふつう「真空」と聞くと、何もない空っぽの空間を思い浮かべる。
けれど物理では、真空にもいろいろな性質があると考える。
水が液体から氷に変わるように、空間そのものの性質が別の状態に移ることを、たとえば「真空の相転移」と呼ぶことがある。
ここで、かなり手加減した、いわば「超生ぬるい版」を想像してみる。
これは現代物理をそのまま説明するものではなく、真空相転移のイメージを分かりやすくするための思考実験である。
光の速さ c や重力定数G、ディラック定数(プランク定数を2πで割ったもの)ℏ のような基本定数そのものは変わらないとする。
ただし、電気や磁気に関わる空間の性質、つまり誘電率 ε₀ と透磁率μ₀ だけが変わる。
しかも、光速はc=1/√ε₀μ₀ という関係で決まるので、
たとえばε₀ が大きくなっても、そのぶんμ₀ が小さくなれば、見かけ上c は変わらない。
つまり、「光速が変わらないなら安心」とは言えない、という話である。
この変化が、空間の中でドミノ倒しのように広がると考えてみる。
ある程度の大きさを持った空間のかたまり――ここではクラスタと呼ぶ――が、あるきっかけで別の状態に移る。
それが隣のクラスタにも伝わることもあれば、途中で止まることもある。
水がある瞬間に一気に凍るような変化なら一次相転移、磁石が温度上昇とともにだんだん磁力を失うような連続的な変化なら二次相転移、と物理では呼ぶ。
今回考えるのは、その二次相転移に近い、じわじわ進む変化である。
たとえば、誘電率 ε₀ が一日に0.1% ずつ増え、それに対応して透磁率μ₀ が一日に約0.1% ずつ減るとする。
この二つが連動していれば、光速 c は変わらない。
けれど、一年もたてば ε₀ はかなり大きくなり、μ₀ はかなり小さくなる。
見かけ上は穏やかな変化でも、空間の中身はじわじわ別物になっていく。
もし太陽系ごと、そんな「生ぬるい相転移」を起こしている巨大なクラスタに入り込んだらどうなるか。
その日を境に、身の回りの電気や磁気のふるまいが少しずつおかしくなるだろう。
たとえばデジカメのフラッシュが以前より妙にまぶしくなるかもしれない。
コンデンサーの性質が変わるからである。
逆に、電磁調理器の効きは悪くなるかもしれない。
渦電流の起こり方が変わるからである。
ラジオやテレビの受信も、毎日少しずつ同調がずれていくかもしれない。
最初は「機械の調子が悪いのかな」で済む程度でも、だんだん世界全体の法則がずれていることに気づくはずだ。
さらに深刻なのは、生き物や物質そのものへの影響である。
細胞膜のイオンの出入りは電気的な性質に強く依存しているので、誘電率が変われば生命活動そのものが成り立たなくなるかもしれない。
分子の結びつきや原子のふるまいも、電磁気の定数に支えられている。
だから、見かけ上は光速が変わらなくても、化学や生物の世界はじわじわ別のものになってしまう。
一年もたてば、地球上の生命はほとんど生き残れないだろう。
そして、ようやく地球と太陽系がその相転移クラスタを抜けたとする。
そこに残るのは、かつて生命がいた痕跡だけを持つ、死の星になった地球かもしれない。
もしその後、条件が再び整えば、生命の歴史はまた一から始まるのだろうか。
そんなことまで想像してしまう。
要するに、これは「超生ぬるい版」の真空の相転移ですら、十分に破局的だという話である。
まして、光速 c や重力定数G、ディラック定数ℏ のような、もっと根本的な定数そのものが変わるような事態なら、影響はこんなものでは済まないだろう。
もちろん、これはかなり空想的な思考実験である。
けれど、空間の性質がほんの少し変わるだけで、私たちが当たり前と思っている世界は、案外あっけなく崩れてしまうのかもしれない。
そそう考えると、「何もないはずの真空」は、宇宙で最も奥深く、そして最も恐ろしい存在に思えてくる。
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