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2026年05月28日08:30

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車用のエネルギーの形

昔、生協で食材や灯油を買っていたことを思い出した。
たしか代金は月ごとの引き落としだったと思う。
灯油を買う時は、空の灯油缶を二つ持っていくと、その数だけ記録されて、代わりに満タンの灯油缶を受け取る仕組みだった。
あれは、補充にほとんど時間がかからなくて便利だった。

今はホームセンターで灯油を補充している。
こちらはその場で給油する形なので、どうしても少し待ち時間がある。
そう考えると、交換方式には交換方式の良さがあったのだと思う。

もちろん、交換型にも欠点はある。
新品の灯油缶を持って行ったら、使い込まれた古い缶になって戻ってくることもある。
逆に、こちらが古い缶を出して、少し状態のいい缶が返ってくることもあるのだけれど。

昨日の日記で「安全側の文明設計」について書いた時、この灯油缶のことも一緒に思い出した。
車のエネルギー補充も、発想としては交換型にできるのではないか、と思ったのである。

もし交換型を車に応用するなら、車両の大きさや用途に応じて必要な電力量を、モジュール化したエネルギーユニットとして扱うことになるだろう。
仮にこれを「エネルギーモジュール」と呼ぶことにする。
トラック用は大きく、小型車用は小さい。
それをいくつかの段階で規格化しておけばよい。

ステーションでは、ロボットアームのような仕組みで、車の決まった場所に格納されたエネルギーモジュールを取り出し、バックヤードで満充填しておいたモジュールと交換する。
取り出したモジュールは、裏側で最適な方法で再充填される。
劣化したものは回収してリサイクルに回す。
こういう形にできれば、EVの充電ステーションで起こりがちな「充電待ち」の問題も、かなり減らせるのではないかと思う。

この場合、エネルギーモジュールは車の持ち主の所有物ではなく、インフラの一部として管理するほうが自然だろう。
履歴や劣化の度合いもオンラインで追跡できるようにする。
モジュールの中身がリチウムイオン電池になるのか、燃料電池系になるのかは、最終的には性能だけでなく、回収やリサイクルまで含めたライフコストで決まっていくのだと思う。
ユーザーが所有するのは車両本体だけで、エネルギー源のほうは社会インフラとして共有する、という考え方である。

結局のところ、この仕組みを成り立たせるには、エネルギーモジュールの規格化と標準化が欠かせない。
EVを強力に推進したEU圏は、車両の普及だけでなく、こうした交換可能なエネルギーモジュールの標準設計にこそ、もっと知恵を絞るべきだったのではないか。
電動化とは、単にエンジンをやめることではなく、補給の仕組みそのものを作り直すことでもあるのだから。


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