『ペンギン・レッスン』(スペイン, イギリス)
世界的ベストセラーとなった実話録『人生を変えてくれたペンギン 海辺で君を見つけた日』(著:トム・ミッチェル)の映画化だが、主人公教師の年齢や素性、その他ストーリーの軸が変更されているため、原作というよりモチーフを借りた別作品と捉えるべきか。いずれにしても白紙の状態で鑑賞するのが作品世界には入りやすい。
ただし事前に把握しておくべき歴史的背景はある。物語の舞台となる1976年のアルゼンチンは軍事独裁政権下にあり、同年から7年以上続くことになる軍事クーデターの始まりの年。民生政権派の労働組合員や市民活動家は次々と逮捕され、市民は徹底的な弾圧を受けている。政治は強引な経済拡大策の失敗によって異常なインフレに見舞われていた。
一見すると、ほのぼのとしたペンギンの物語と、この苛烈な社会情勢は直結してはいない。しかし抑圧下で怯えながら生きる人々が、なぜ一羽のペンギンを深く愛したのか。その理由は観ているうちに十分に伝わってくる。愛する家族が突然いなくなることも珍しくない時代背景だからこそ、自由な生活の大切さを知る人々は、ペンギンを希望の灯とすることで心の浄化を求めている。
とある理由で夢を失い、人生に辟易していたイギリス人英語教師トム(スティーヴ・クーガン)は、アルゼンチンの名門寄宿舎に赴任する。彼は上司である校長(ジョナサン・プライス)と折り合いが悪く、授業を無視する不真面目な生徒たちにも手を焼いている。軍事クーデターにより休校となったある日、旅先のウルグアイで出会った女性カリナと明け方のビーチを歩いていたトムは、重油まみれで瀕死状態のペンギンを発見する。トム自身は乗り気ではなかったが、カリナの積極的な後押しもあり救助に協力する。しかしカリナは人妻で、ペンギンをトムに託したまま去ってしまう。

トムはペンギンを海に戻そうとするが、彼に懐いたペンギンは離れようとせず、やがて学校の宿舎にまで連れてきてしまうことに。宿舎でメイドとして働くマリア(ヴィヴィアン・エル・ジャバー)と孫娘のソフィア(アルファンシーナ・カロシオ)に歓迎されたペンギンは、トムが付けた“ピーター”という名前を却下され、“ファン・サルバドール”と名付けられる。ペンギンを介してマリアと親しくなったトムは、心を開ける人物と出会ったことで、次第に気持ちの変化を見せていく。
宿舎はペット禁止だが、サルバドールを生徒たちにお披露目したことで、勉強に無関心だった生徒たちが授業に集中するようになる。その存在はやがてトムが苦手としていた校長にも知られてしまうものの、政治情勢の悪化により物価が10倍に跳ね上がる生活に疲弊するのは校長も例外ではなく、気づけば彼もまたペンギンに本音を打ち明ける存在へと変わっていた。

そんなある日、買い物途中のトムの目の前で、ソフィアが当局に拉致される。助けを求める彼女を救えなかったトムは激しく後悔し、事なかれ主義だった自分自身と向き合わざるを得なくなっていく。イギリスから来たトムはアルゼンチンでは所詮よそ者。彼自身も当初はこの国の社会情勢をどこか他人事として受け止め、校長の命令どおり授業では政治的発言を封印していた。しかしサルバドールを通して親交を深めた人々が、政府の弾圧に苦悩する姿を目の当たりにするうち、彼の心境は大きく変化し、17年前に実の娘を事故で亡くしていたことを告白。拉致されたソフィアに亡き娘の面影を重ねていたのだ。
自分が無力であることを痛感し深い絶望に沈むトムに、サルバドールは寄り添うようにそばを離れない。動物は人間の具体的な状況を理解してはいない。だが、その心理の変化を察し、弱っている相手を思いやろうとする態度を示すように見えることがある。それが人間の勝手な想像や思い込みだったとしても、孤独が和らぎ心が救われるのであれば、それは錯覚以上の意味と価値を持つ。少なくともサルバドールは、トムや仲間(群れ)の心が
安定していれば、自分も安心して生きられるという本能に基づいて行動している。

その関係性こそが本作で最も汲み取るべきテーマなのだろう。台詞による説明や感情を誘導する演出や仄めかしは一切ない。擬人化もなく、奇跡的な癒しの存在でもなければ、トムを直接救うわけでもない。サルバドールは最後まで「ただのペンギン」であり何も変わらない。ただ、去らず、逃げず、同じ時間を共に過ごす。それだけで、この過酷な現実社会を生き抜くための糧となり得ることを静かに訴え続けている。

終盤、立ち入りが解禁されたプールで自由に泳ぐサルバドールの姿は、言葉すら自由に発せられない軍事政権下の現実との鮮烈な対比を生む。そして訪れる突然の別れ。余計な演出を排した描写は実直で、洗面台の裏に残された遺品を前に泣き崩れるトムは、物語冒頭の虚無主義者とは明らかに異なる人物になっていた。

命の尊さと人生の意味を、教職者が動物から学ぶ――それこそがこの映画における“ペンギン・レッスン”だったのだ。ラストシーンはこの作品として考えうる限り最大限の希望を差し出してくれる。奇跡でも癒しでもないのに、自然と涙がこぼれる。しかし決して泣かせにくるだけの映画ではない。
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<『ズートピア2』『ペンギン・レッスン』>
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