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2025年06月06日00:00

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映画『Flow』

『Flow』(ラトビア,フランス,ベルギー)
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台詞も字幕もないアートムービー的アニメーションは、ナチュラルな風景世界に水彩画のようなデフォルメの動物達。巨大な猫像が聳え立つ屋敷のベッドに1匹の黒猫が肌を擦り寄せる様子は、かつてここで飼主と寝食を共にしていたからなのだろう。この世界では人間は絶滅したのか、もしくは地上から何処かへ脱出したのか。残された彫像や遺跡は何を意味しているかの説明はなく、そもそも本作は言語の全てを排除して言葉の伝達を100%放棄している。
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ギンツ・ジルバロディス監督は「映画の意味を見つけるのではなく、映画を体験してほしい」とコメントしている(パンフレットより)。終末感を匂わせて空に架かる不気味なオーロラと洪水に呑まれていく森林で、生命力だけを武器に運命に抗う黒猫を画面はひたすら追い続ける。巨大クジラの異様な容姿と、洪水渦中を泳ぐ不思議な彩色の魚たちが、この地球では何らかの異変が起きたのであろう過去を想像させる。
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だが動物たちの視点に立てば、自然気候変動なのか人工的脅威による天変地異なのかは理解の範疇ではなく、それを探求する必要性もない。自分たちが水没から逃れて食料を得て、どうやって生き延びていくかがその全てなのだから。
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絵はかわいらしいが展開はいたってシビア。途中で何回も“死”を連想する場面を直視させられる。溺死しかける黒猫もそうだが、昇天するヘビクイワシや洪水後のクジラ。基本的には動物を擬人化しない描写が徹底されているが、中盤から終盤に向けて垣間見せる動物たちの行動は極めて人間的であり、その絶妙の小出し具合バランスから沁み込む高揚感に気持ちが揺り動かされる。
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単独行動動物の代表である黒猫は、水没した世界でボートに辿り着き、流され漂いながらも上へ上へと登る。それは恐怖から逃れるためなのか生存本能なのか、他に何かを求めているのか。巨大像に登り、ボートのマストに登り、何かの塔にも登っていく。深く濁った水中に溺れ沈んでいくのをクジラによって救われる場面では、感情や生への執着は一切表現されず、本能のままに死を迎えかける描写が印象的。
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ボートで最初に出会うのは先客乗員のカピバラ。マイペースで屈託のない行動規範は登場する動物で最もフラットな存在であり、黒猫が最初に打ち解ける相棒でもある。何かをカピバラに訴える時の黒猫が最高に愛おしい。物質への執着で収集癖があるキツネザルは、本来の集団生活から独り孤立して骨董品を籠に入れている所を、カピバラの気まぐれでボートに乗り合わせるはめになった。途中で同種の仲間と船同士での再会をするのだが、群れに戻ることはなく、所属することへの何らかの葛藤がある真意は深く複雑に見え、それはラストへのある伏線にもなっている。
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あらゆる意味で猫と対照的な存在の犬(ラブラドールレトリバー)は、仲間からはぐれてボートに乗り込んでから、愛嬌たっぷりの行動を続けるので何をやっても憎まれない。犬集団では一番下っ端的な扱いだったが、クライマックスで見せる逞しい行動力の発揮は感動を呼ぶ。
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そしてヘビクイワシ。彼もまた集団行動を基本としながら、猫を匿ったがために仲間に羽を折られて自由に飛べなくなってしまう。神々しい立ち姿で現世の存在に意味を持つかの如く振る舞う様は、ボートの舵取りまで行い動物たちを導いていく。
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高い岩を登り続ける黒猫は頂上で不思議な光が渦巻く天空へ、水泡と共に吸い寄せられて浮かび上がる。そこではヘビクイワシが先に天空に吸い込まれ光の渦へと消えていくのだが、それは『南極物語』(1983年)で美しいオーロラに魅せられ、狂ったように地平線に消えていった樺太犬のジャックを思い出させる。ヘビクイワシが自らの命を労して導きたかったことは、果たして黒猫に伝わったのか。宇宙に近い場所でヘビクイワシを見送った黒猫は、そこからは登るのをやめて下に戻る。
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出会った動物たちとの共存を受け入れるか否かの黒猫が物語の着目点であり、冒頭で水面に映る自分の姿を独りで見つめているところから始まった旅が、塔の上でも再び水溜まりに映る自分を見る場面に遭遇する。最初のシーンと何も変わらないのだが、黒猫の思いは最初の時と違って、横に誰かがいて欲しいと思ったのではないか。だから黒猫はボートに戻ろうと必死に泳ぐ。黒猫の本能に何かの変化が起きたのは明らかで、そこから世界を覆っていた水が地球の亀裂に吸い込まれて大地が復活していく天変地異が、ヘビクイワシの昇天と因果関係があるのかも答えは描かれない。謎の事象が本作にはあり過ぎて、まさにギンツ監督が訴える「意味を見つけるのではなく体験してほしい」に意志を委ねることが必要なのか。
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カピバラと犬達が残るボートが、大木に引っ掛かり崖に転落寸前となるが、これを助けようと考える黒猫の感情変化はサプライズそのもの。この危機を乗り越えるのが活劇面でのクライマックスとなるが、前半で濁流に呑まれて押し流される死の恐怖と比べると、物語はここにきてとても前向きなスタンスになる。カピバラを救い出し全員の頬をペロペロと舐めまくる犬。鹿の群れを見て、何かに気付いたかのように全力で走る黒猫。行き着いた場所で絶命寸前クジラとの再会。運命の切なさと残酷さを綯交ぜにした感情に煽られ、クジラにグウグウと嗚咽をかける黒猫。それは感謝の御礼なのか、哀れみなのか、謝罪の気持ちなのか。とにかく何かを伝えたい思いを持つ黒猫に涙が出る。
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やがて集まった犬とキツネザルとカピバラの4匹は、悲しみを噛みしめるような表情で水面を覗きこむ。冒頭場面と対になる水面を除く姿には、黒猫だけでなく仲間が映っていた。黒猫がカピバラに少しだけ寄り添う素振りをしたところでのエンドロール。アーティスティックに特化しながらも所々に想像を促す仕掛けを残す手法は、その美しい映像に鑑賞を委ねるだけでは勿体なく、言葉なき黒猫の成長物語を色々な角度で分析するのが楽しい。
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