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2023年03月26日17:57

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週報(23/03/20〜) 東日本大震災・原子力災害伝承館

先週の続きです。
 
レンタサイクルに乗り、原子力災害伝承館に戻ってきた。
先程、請戸小学校の中でもらった割引券を使って入場した。
(団体料金となる。なお原子力災害伝承館では、請戸小学校の割引券が置いてある)
 
2階建ての建物で、展示物はほぼ2階のワンフロアに置かれている。
ただし、一つ一つの内容が充実している事と、映像自体も多く種類が多い関係で、見て回るだけで3時間かかってしまった。
この映像も今では放送には乗せられない、津波襲撃時の映像も数多い。(映像は写真等の撮影不可)
そのため、映像が流れまえには「気分が悪くなる人へのアナウンス」が流れ、注意が促される。
 
展示物の中に、福島第一原子力発電所を中心にして1km毎に円が書かれている地図があった。
地図にはマジックにより殴り書きされた文字が多い。
この地図は実際に浪江町(だったように思う)で震災時に使われていた地図で、刻一刻と変わる被害現状に書かれていたものだつた。
震災の翌日には避難せざるを得ないこととなり、そのまま放置されていたので緊迫している状況そのままで残されることになった。
他にも、震災被害をまとめている最中のメモも残されており、見ている側が辛くなる内容が多い。
 
この場で係員の方の話を聞くことが出来た。
この方は震災時も今も双葉町に住まれているとの事。
震災翌日に、情報もない中、訳もわからず緊急避難をせざるを得なくなり、浪江町津島地区にようやく避難したそうである。
すぐにこの場所も立入禁止区域となり、さらに避難せざるを得なくなった。
行く当てもなく西へ西へと移動せざるを得なくなり、最後には福島で落ち着いたとの事。
この場所で、原発爆発の事を知ったとの事。
手配されていた茨城交通の運転手は地元に全く詳しくないので、なおさら大変だったそうである。
 
この施設の係員は地元の人が務めているとの事で、少し尋ねると詳細な話が聞くことが出来る。
心の準備をしておかないと、聞いている事すら苦痛な状況になる。
(そのため、見学時間が予想以上に延びてしまった)
 
この施設では、1日4回40分の「語り部講和」が行われている。
実際に被害に遭われている方の講和である。
私はその日の最終回の講話を聴くことになった。
その方はいわき市で被害に遭われたそうである。
地震直後に家の前の瓦礫を取り除いて200m先にある海に行き、水がない海を見て急いで引き返したとの事。
ただし、急いで引き返したとの記憶はあるらしいのだが、家に戻るまで「10分以上」かかっていると話していた。
急いでいたにも関わらず「何をしていたのか記憶がなくなっている」ので時間がかかっているのである。
その後、急いで家の近くにある高台にある神社へ逃げて難を逃れたとの話であった。
(実際はもっと生々しい話なのだが、文字起こしするのも躊躇う内容)
このような語り部として話せるようになるまで、8年かかったくらい心の傷は深かったとも話されていた。
 
このタイミングで、広島・長崎の原爆資料館のような雰囲気が強くなっている事に気付いた。
原爆では原子力発電所だが、語り部による次世代への引継ぎを含めても同じような施設といってもよいものである。
 
最後は次世代への取り組みとして、先程の請戸小学校の北側にある第3原発建設予定地につくられたFH2R(福島水素エネルギー研究フィールド)で締め括られていた。
この展示箇所はほとんどの人が素通りしてしまっていたのだが、逆に私に取っては見応えがある場所であった。
福島ロボットテストフィールドに関する内容もあり、この地の未来を見せる部分は絶対に必要である。
 
長い間見ていた館内から屋上に上がった時は、既に16時を過ぎていた。
目の前に見える海の景色の中に、被災した建物が2棟残されている。
請戸小学校へ行く時にも気づいていたのだが、この場所には近づくことが出来ない。
被災した建物は壊されてしまったのだが、これらの建物は、このエリアが拡張された時の敷地に展示する建物として残されており、工事も進んでいる。
 
最後に1階フロアの展示を見ていた。
展示内容は少ないのだが、津波で被害に遭った消防車。
最後に双葉駅前に飾られていた「原子力郷土の発展 豊かな未来」の看板である。強烈な皮肉が効いていた。
 
この展示を見終えた段階で、既に16時45分となり、閉館17時直前であった。
写真を撮る事も、飲食すらも忘れて見入ってしまっていたのに気づいた。
展示を見終えたら何か食べようとしていたのだが、隣の双葉町産業交流センターにある飲食店は既に終わっていた。
バスのタイミングも悪かったので歩いて30分近くかけて、双葉駅に戻った。
 
昨年8月30日に双葉駅周囲の特定復興再生拠点区域で居住可能となった。
歩いている時に気づいていたのだが、建物はあるのだが人の気配がしない。
駅近くになっても開いているお店がない(被災して閉店したお店はある)。復興後にコンビニすら進出していない。
駅に着き、夕暮れになってきても周囲の家々に明かりが灯る事もなく、街中には不気味な静けさしか感じられない。
(西側の新しく出来た住宅には明かりが付いている)
 
昼間は原子力災害伝承館へ行く人がいるので、それれなりに賑わっている。
しかし、夜に見せる姿が本当の今の街の姿である。復興までの道のりはかなり先である。
今日のホテルは広野町なのだが、隣の大熊町も人の気配をあまり感じず、ようやく感じるようになったのは富岡町に入ってからであった。
 
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写真: 原子力災害伝承館, 被災伝承・復興祈念ゾーン(復興祈念公園方面), 看板
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