2018年11月25日(劇場鑑賞)
これじゃない感が極まった作品で、最後のゴジラを忘れて原住民とよろしく暮らす展開には心底ガッカリした。
純粋に、最後くらい怪獣プロレス映画が観たかった。
(キング)ギドラが引力光線を雷雨のように地上に降らせ、ゴジラが天を仰ぎ熱戦を放射するような画が観れたらそれだけで満足したのに、実際は何にもなかった。
物語は、前作からの続きでメカゴジラシティ壊滅により人型種族は絶望したところから始まり、人類が宗教にはまりギドラ召喚をすることでエクシフの真の目的を描く。
一応このシリーズのフォローを入れると、科学と宗教の良い面と悪い面を描き、さらに生きることの意味や価値観の逆転をすることで、ゴジラと共存するという結末に驚いた人もいたのではないかと思いました。
この際、怪獣が戦わない件は棚上げしたとしても、ギドラ召喚までのプロセスは全然納得できなかった。
ハルオ以外の人々が「ギドラ召喚の呪文?」を唱えることで召喚できるのなら、フツア族のミアナを捕えてハルオを誘導するような危険なことをする必然性は全くない。
逆に、どうしてもハルオが必要だとしたらミアナを捕えたあとハルオを呼び寄せてからギドラ召喚という流れにしないと納得できない。
文明を放棄し命を繋ぐことで、ゴジラを生態系の頂点とする星(地球)で、生き残ることを選択することで未来を得るという結論に達するのに2万年も時間がかかったのなら、この映画の劇中でゴジラと戦い戦死した戦友たちに顔向けできないという主人公の特攻だけは納得できました。
映画全体の出来はあんまりでしたが、フツア族のマイナについてはエロくて良かったです。
怪獣映画としては最低の出来だったと思います。
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