金曜日に起きた地震について私が受けた環境について書いていきます。
地震が起きた時はいつものように職場(田園都市線沿線)で仕事中でした。
3/9に東北にて地震があったこともあり、この時の余震であろうと身構えていた。
実際に最初の揺れの大きさはその時と同じだった。
しかし30秒程度を過ぎても揺れが収まらず、その上揺れが増大し始めた。
さすがに仕事を続ける事が出来なくなり、PCをシャットダウンし机の下に隠れた。
揺れが収まり他の人がネット検索した結果を聞き、やはり東北の地震である事を聞いた。
(第一報は「東北で震度6強」)
その後も揺れは続くものの、PCを再び立ち上げ仕事を再開した。ただし念のため窓と入口のドアは開けたままにしていた。
他の人には家の人から携帯で安否連絡が入ってきていた。
20分後再び同じような揺れが起こった。
二度目の揺れも一度目の揺れよりも大きな振幅がすぐ来た感じである。
再びPCをシャットダウンし、机の下に隠れた。
揺れが収まった後、職場内にいるのは危険なため外に避難した。
(その時にサーバーを停止させたため、一切の仕事ができなくなった)
私の職場の周りは近隣ではかなり大きな平面の駐車場であり、近隣の職場の人も外に避難していた。
揺れが収まり職場内に戻ったが、通常の仕事は既に行えない。
部内に15:30に帰って人がいたのだが、電話によると途中駅で降ろされ身動きできないらしい。
私はこの時点で、「今日中に山手線(都心)を超えて三郷市内に帰るのは絶対に無理」と悟った。
他に同様の理由で帰れない部内の2人に対して、職場に泊る事を伝えて、その準備を始めた。
2度目の揺れから25分後(15:30)に、3人で近くのスーパーに夕食の買出しに出かけることになった。
しかし近くのスーパー(ドラッグストア)は店を閉めており中に入れない。
その隣にあるファーストフードの店も閉めてしまっていた。
その斜め向かいにあるファミリーマートは開いており、続々と人が集まり始めていた。
店の中に入ると食料品が徐々になくなり始めていた。
カップラーメンとパン・お菓子を適度な数(私達だけで買い占めないようにするため)を買った。
レジも混雑し始めてきたので、混雑回避のため袋詰めは私が行った。
店長さんの話によると駅前近辺は停電しているらしく、交通麻痺になっているらしい。
お店を出る頃には、1つのレジに10人並ぶほど混雑していた。
職場に戻り、特に何かをすることもなくなってしまったため、自由に過ごしていた。
運良くライフラインは一切止まっていない職場である。
私はradikoへアクセスしたが一切繋がらない。
他の人が繋がったのがたまたまTOKYOFMだったので、その音声を居室内に大音声で流していた。
また、他の人はtwitter経由でUstreamで流しているNHKの放送を見つけたらしい。
その映像を見ると、丁度仙台の荒浜地区で田畑・ビニールハウスが津波に襲われていく瞬間だった。
あまりに悲惨な映像を生で見てしまったため、ショックが大きく声も出なかった。
私自身はサーバーを使わないで可能な仕事をし始めたのだが、
余震がずっと続いているため船良いと同じ状態になり気持ち悪くなったので途中休みながら続けていた。
そのうち電車内で地震に遭った職場の人が戻ってきた。
(職場近辺と止まった駅とを結ぶバスに運よく乗れたたため)
駅を発車した直後に地震に遭ったらしく、高架橋の上で半端でない揺れだったようで「死を覚悟した」らしい。
部内には一人都心(有楽町・日比谷)へ出張していた人がいたのだが、その人から連絡が入った。
ビル内を追い出され、皇居広場に避難しているとの事。
(この後、翌日まで一切連絡がなかったため、どのような状況となったか不明)
17:00の定時となり仕事終了となった。
家に近い人は別として、都心方向でも歩いて帰れる人は急いで帰ってしまった。
残った反対方面の人は、交通状況を把握するために少し残る事となった。
夕食は先程買出しした食料ではなく、近くのお店へ食べに行ってしまった。(何故か店は閉じていなかった)
私は船良い状態で気持ち悪かったため、職場に残り仕事を続けていた。
残った部内の人がUSB接続のワンセグチューナーたまたま持っていたらしく、それでテレビを見始めた。
そのためUstream, radikoは止めて、職場内はワンセグ映像と音声を流し始めた。
外に食べに行った人が戻ってきた。
付近にあるマクドナルドは早々と閉店してしまったらしい。
また食べに行った店も19:00で早々と閉店するらしい。
また国道246号線は大渋滞で、歩道では歩いている人がたくさんいるとの事。
20:00頃に横浜線方面へ帰る人が、車に分乗して裏道を経由して帰っていった。
部内で残ったのは私を含めた4人。
電車は全く動く気配がない。バスの乗り継ぎで帰ろうしても無理。
社内で緊急用に置いている毛布を取りだし、居室内で寝る事にした。
(実際は畳部屋もあるのだが、1階で危険なため、2階の居室にいる事にした)
22:00にワンセグ映像を止めて、非常灯以外の灯りを落とした。
私自身は固い床で毛布にくるまって眠る事にした。
山小屋で1畳に3人で眠るよりかは、ずっと真面な環境である。
また電気は通じているので、暖房も落とさずに済んでいる。
都心で帰宅困難な人が集まっている環境、被災地に比べれば、かなり恵まれた環境であるのはいうまでもない。
ちなみに他の部でも数人が泊っており、買出しした食料のほとんどはそちらに回っている。
私自身がこのような事態を想定していて、災害用リッツ缶を持っているのでまだ何とでもなる。
眠りに着いたものの余震が続いており、さすがに寝付けない。
また船良いのような環境に長く置かれていた事もあり、普段よりも心拍数が高まっているのが自分でもわかる。
0:00頃Webを見てみると、都営地下鉄は復旧してるらしい。また私鉄も終夜運転を始めたらしい。
ただし城東エリアは一切復旧していないらしく、情報はない。
心拍数が落ち着いてきた頃、ようやく仮眠についた。
4:00直前に大きな揺れがあり全員起きてしまった。
それならばとPCを立ち上げ、ワンセグ映像&音声を居室内で流し始めた。
今度は太平洋側ではなく、新潟・長野の県境の津南近辺を中心とした地震のようである。
それ以外は特に前日と何ら変わる事がない情報が流れていた。
東京メトロは城東地域以外は復旧しているようで動いているらしい。
良く見ると唯一埼玉方面で動いているのは、南北線と直通している埼玉高速鉄道は動いている。
(東武・西武・京浜東北線・つくばエクスプレス, 日暮里舎人ライナーですら全て止まっている)
唯一家の近辺に帰る事が出来る鉄道の足は、これしかないらしい。
またJRは7:00頃に復旧するとのことだが、災害に強い京成が止まっているくらいなので、明らかに私の家近辺の鉄道は動かないだろう。
(JR武蔵野線には最初から期待すらしていない)
越谷に住んでいる部内の人と一緒に帰り、越谷からは車で家まで送ってもらう事にした。
6:00の夜明けとともに会社を出て都心を越えて帰る3人で一緒に帰宅する事にした。
田園都市線の電車は10分毎に走っているとのこと、
電車が駅に着いたものの、近況地震速報が入ったらしく動かない。
その後、渋谷に着くまでに何度も同じような状況が続いた。
私のように職場に泊った人も多いのだが、意外にも仕事へ出かける人が多く乗っていた。
永田町で千葉方面に帰る人と別れ、南北線に乗り換えた。
たまたまホームに電車が入ってくる直前だったこともあり、電車に飛び乗った。
飛び乗る瞬間に駅の列車運行情報を見ると、きちんと時刻が表示されていた。
7:02出発の電車に乗ったのが7:06である。
電車は遅れてはいるものの、間引きなく動いているとの事の証明である。
たまたま飛び乗った位置(最後尾)が良かったのか、
意外と人が全く乗れない程の混雑にはならず(ギュウギュウ詰めであることには変わらない)、順調に電車は動いた。
飯田橋・市ヶ谷を越えると、人が乗ってくる事は少なく徐々に降り始めた。
埼玉県内に入ると川口元郷・鳩ケ谷と京浜東北線・東武伊勢崎線方面が止まっていることもあり、一駅毎にかなり下車客が多かった。
私達は東川口で降りたのだが、意外にも浦和美園へ行く人が多く立客が出ていた。
間違いなく浦和・大宮および以北へ向かう人たちなのだろう。
東川口ではJR武蔵野線の電車が灯りをつけて止まっていたものの、駅自体はシャッターが下りていた。
越谷市街地まで一駅分(4km)歩いて移動することになった。
歩く途中、武蔵野線の線路では貨物列車がライトを付けたまま停車していた。
1時間歩いて、ようやく同僚の住む家近辺にある駐車場に到着。
(家に寄ると子供の関係で送るまでに時間がかかるので、家には寄っていない)
そのまま車で家まで送ってもらった。
途中の国道4号線, 国道298号線, 旧道の国道4号線は激しく混んでいるものの、裏道である産業道路は全く混んでいなかった。
しかし、途中のガソリンスタンドでの給油渋滞は凄いものがあった。
30分でかかりようやく家まで送迎してもらって帰ってくることができた。(到着9:30)
家に入ったが部屋の中にある本が2冊落ちていたこと、振り子時計が20分遅れている(東北の地震で止まり、茨城の地震で再び動き始めたのだろう)以外は、さほど変わったことはなかった。
家の様子からすると東西の揺れは大きかったものの、そこまで激しくなかったようである。
家の中は南北面で置いているものが多かったので、被害が少なかったのだろう。
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