今回から本シリーズの中に入ります。
モンゴル騎馬トレッキングツアーの出発地は、成田ではなく関西空港なのである。
当時は成田空港の滑走路が一本しかなく、
成田空港にモンゴル便が乗り入れできなかった事が原因である。
このツアーは私が参加する旅行会社だけではなく、他のモンゴルへ行く複数の会社のツアーを含めて、
関西空港からチャーター機でモンゴルへ行くことになっていたのである。
(なので初海外は関西空港利用という変わった事になってしまった)
[チャーター機を含めて全てANA運行]
集合場所は関西空港で夜20:00となっていたのだが、
関東地区から出る人に限り、団体専用窓口で受付を済ました上で羽田〜関西空港便を利用できた。
(羽田〜関西空港間片道\8,000の特別料金で利用できた。 ちなみに関西空港は夜21:15着)
この日は前日からの熱帯低気圧の影響で激しい雨が降り続いていた。
まずは時間までに羽田空港へ行けるか否かも怪しかったくらいである。
夕方になりようやく雨が小降りになり、無事に家を出ることが出来たのである。
途中のイトーヨーカドーで買い忘れた物を買い、羽田空港へ向かった。
羽田空港の団体専用窓口には、
他の国内の行先表示が並ぶ中で「ウランバートル」と異彩を放った行先が表示されていた。
お盆の帰省ラッシュの中でも、
国内線窓口カウンタで、スーツケースを持っているモンゴルへ行く人たちは明らかに目立っていた。
団体専用窓口では、旅行会社と名前を行って荷物を預けた。
このまま荷物は特に出国手続きをせず、モンゴルまで運ばれることになった。
この窓口で同じツアーに参加する女性と会った。
一緒に荷物を預けることになったので、座席も隣同士となった。(単に団体客は順番に券を配っていたため)
その後、出発までまだ時間があったため空港内をぶらついていた。
そうすると、先ほど会った女性の名前を呼ぶ、構内アナウンスがあった。
でも離陸時間まで別々に離れてしまっているので、後で会った時に話せばいいかと思うしかなかった。
離陸時間となり機内に乗り込んだ。
先ほどの女性とも再会した。「構内アナウンスで何度も呼ばれていたので、とても恥かしかった」との事。
羽田空港から関西空港へは1時間程である。
関西空港は神戸側から着陸するのかと変な関心を持つ中、無事着陸した。
モンゴル行きのチャーター便の出発は22:00である。
関西空港での出国手続を済まして搭乗まで一時間もないという、恐ろしい乗り換えである。
関西地区で集まった人たちは、時間が無いため先に出国手続きをして搭乗口で待機しているのである。
ツアーアテンダントの人との顔合わせの段階だが、何故か全員集まっていない。
全員集まるまで時間がかかり、集まった頃には21:40を過ぎていた。
当然他のツアー客は、出国手続きを終えようとしていた。
「時間が無いので早々に出国手続きを済ませ、搭乗してください」というものだった。
深夜帯ということもあり、出国手続きカウンタは2つしか空いていない。
その上ホノルル行きの客が占領しており、先に進むのもままならなかった。
出国手続きを終えた頃は、職員が最終搭乗案内をしているような時間である。
職員に急かされる中、ようやく搭乗した。
もちろん離陸時間はとうに過ぎており(20分遅れた)、私達ツアー客が席に着いたと同時に離陸準備に入った。
機内では予想もしてなかった機内食が出てきて、遅い夕食となった。
機内の夕方のNHKニュースでは、玄倉川で中洲に残されたキャンパーの遭難事故が流されていた。
(それほどの当日の関東は豪雨だったのである)
機内アナウンスでは、モンゴル行きという普段はANAが運行しない便にも関わらず、
ANAマイレージが貯まるというアナウンスが流れていた。(機内は歓声が沸きあがる)
その事もありスチュワーデスさんは、マイレージの勧誘をしていた。
マイレージプログラムには関係なかったため、この事は聞き流した。
食べた後すぐ眠る事はできず、モンゴル入国手続きの書類を書く羽目になった。
意外と細かな書類を書かなくてはならず、手間取ることになった。
関西空港〜ウランバートル(当時:バヤント・オハー空港)は、4時間30分である。
意外と短時間で着いてしまうこともあり、早々に着陸態勢に入り揺れも無く無事に着陸した。
事前情報では時差は無いとの話だったが、
実際には時差があり、日本とは-1時間(GMT+8)であった。
(なので到着時刻はAM2:00前である<関空発が遅れたのだが早着した>)
真夜中なので周りの風景は何も見えない。
というよりも草原の中に降りたったため、明かりは空港ターミナルとその前の道路ぐらいしか無いのである。
飛行機は滑走路の真ん中で止まってしまった。
空港ターミナルまでは、歩いて向かうことになった。(500m程度)
入国手続きは、「SightSeeing」と話す必要も無く単に判子を押す流れ作業で終わった。
やはりここは外国である、真夜中にも関わらず、旅行客とは全く関係ないモンゴル人が暗躍している。
荷物とパスポートだけは、身の回りから離さない様に用心していた。
この際、荷物を盗まれたと私達ツアー客の一人が叫んでいた。
その内に私達ツアー客以外のツアー客は早々と空港から居なくなってしまった。
ようやく今回のツアー客全員と顔合わせなのかと思ったが、
「詳しくは明日」との事で、早々とホテル行きのバスに乗り込んだ。
バス中でようやく今回の旅行に私を誘い出した、文通相手と会えたのである。(席は真裏)
ウランバートルの街中に近づくにつれて、明かりが多くなってきた。
といっても、日本でいえば一地方都市レベルくらいしか集積地は無いようである。
ホテルはウランバートルでも高級ホテルの一つに入る、「バヤンゴルホテル」泊まりである。
高級ホテルといってもモンゴルでの感覚なので、
日本的に言えば、シティホテルレベルである。
ホテルは2人1室形式である。
シャワーを浴びて早々眠りに入った。寝たのはAM3:00である。
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旅行記:1999/8/14〜8/15深夜
写真: なし(夜なので写真を撮ってもいない)
モンゴルへ入国したのに全く入国した気がしない、変な気分のまま一日終わるのである。
このシティホテルが都市形生活の最後であったと気づくのは、すくであった。
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