ちいかわグッズのびっくらぽん景品を、くら寿司の従業員が転売ヤーやメルカリに横流しするとき、そこにあるのは結局、「真っ当な報酬」と「横流しで得られる利益」との比較なのだと思う。もちろん実際には、そこへ露見した場合の損失や、本人の倫理感も加わる。要するに、そうした不等式がどちらを向くように企画されていたのか、という問題である。
私はこれを、「もし宝くじ販売員が最上位の当たりくじを事前に知っていたら、それを購入客にそのまま売るだろうか」という問いに置き換えて考えている。もちろん金額は大違いだが、構造はかなり似ている。
ただ、宝くじのほうは、実際には販売員が事前に当たりを知ることができない(完全予知能力があれば別だが)はずで、その点で裏切りの余地が最初から小さい。
つまり、あちらはモラルが高いのではなく、設計上、裏切る事が出来ない構図なのである。
そう考えると、コレクションの希少性だけは大きく煽り、従業員が裏切った場合の露見確率は低いまま放置し、横流しが多発してから慌てる、というのは、企画設計としてかなり愚かだったと思う。
従業員もまた人間である、という当たり前の前提が抜けていたのではないか。
そしてその責任は、現場だけでなく、このイベントを設計した上層部にある。とりわけ、本来これを楽しみにしていた子供たちに対して。
さて、今読んでいるある物語で、ネタバレを避けるため題名は伏せるが、これとよく似た問題を思い出した。
それは、諜報工作員の裏切りを、組織はどう防ぐのかという問題である。
諜報工作員の任務は他国へ潜入して重要情報を取得したり、自国に潜入している他国の諜報活動の無力化であるだろう。この場合、自国の工作員の裏切りを防ぐ仕組みの設計はどうしているのだろうか、という点である。
日本では多分、公安警察や内閣情報室のような、カウンターインテリジェンスの部署の者がそれを担うのであろう。
だがその仕事は分かりづらい(隠蔽されがち)で、これはその判断の重さや責任に比べて報酬が小さいこと、さら成功裏に任務が推移しても、社会的承認が得られないという事になるだろう。
この構造でモラルや愛国心で縛るだけでは、他国から差し伸べられる裏切りの報酬を拒絶できるか? しかも露見しにくいという構造は、上の例とかなり近いのではないか。
公務員だから、一般の役人とドッコイドッコイの報酬しか無い。
普通の役人は企画や業務の成功が見えやすい。一方、このカウンターインテリジェンス部署では、周りの承認という無視できない報酬までが見えない。「お父さんは役所でどんな仕事?」という問いに無言を通さねばならない。
こういう立場の者に第三国から魅力的な条件が提示されたとしたら、そこで成り立つ不等式は、いったいどちらを向くのだろうか。
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