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2026年08月18日00:00

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映画『LOST LAND ロストランド』

『LOST LAND ロストランド』 (日本・フランス・マレーシア・ドイツ)
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ミャンマー西部を拠点とするイスラム系少数民族ロヒンギャは、長年にわたり差別と排除の対象となり、政府から国籍も人権も認められていない。世界で最も迫害されている民族のひとつとも言われ、武力弾圧から逃れるため隣国バングラデシュへ避難しても、難民キャンプでは食料不足、衛生問題、治安悪化が慢性化している。行き場を失ったロヒンギャ難民は、生活場所を求めてイスラム教徒国家のマレーシアに希望を繋ぐ。
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在日ベトナム人女性の苦難を描いた『海辺の彼女たち』に続く、藤元明緒監督の長編3作目は、幼いロヒンギャ難民姉弟の28日間を追うロードムービー。無国籍ゆえにパスポートも持てず、密航以外に移動手段を持たない主人公の9歳ソミーラ(ソミーラ・リア・フッディン)と5歳の弟シャフィ(ムハマド・ショフィック・リア・フッディン)は、叔母に連れられてブローカーが手配した密航船に乗り込んだ。
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船といっても定員をはるかに超えた人々を詰め込んだ脆弱なボートというのが実態。荒波に翻弄されながら漂流を続ける船上では、同乗していた老人が命を落とし、遺体は海へ葬られる。二週間近く海上を彷徨った末、ようやく見えてきた陸地。だが到着と同時に国境警備隊による容赦ない銃撃が始まり、混乱の中で姉弟は叔母とはぐれてしまう。
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海から救い上げてくれたロヒンギャ青年たちと行動を共にするものの、そこに待っていたのは膨大な仲介費を要求する裏組織と人身売買の現実だった。抵抗した青年は射殺され、ソミーラは弟の手を握りながら、行き先もわからぬまま組織から逃亡する。頼りは「大きなマンゴーの木がある」という、マレーシアに住む伯父の家だけ。
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主役を演じる実の姉弟を含め、総勢200人の出演者の多くは実際のロヒンギャ難民たち。役者としては素人だが、故郷を追われた当事者自身による演技は、凄まじい現実感を帯びている。だが藤元監督は、本作をあくまでフィクションとして構築する。その理由は現実はもっと過酷で、とても直視できないからだという。この言葉は本作全体の立ち位置を象徴している。映画は“現実を再現する”のではなく、観客がぎりぎり受け止められる地点まで現実を翻訳しているということなのだ。
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特に印象的なのは漂流するボート上で、ある難民男性が故郷を想って歌を口ずさむ場面。民族そのものを迫害した国家への絶望と、それでもなお故郷への愛着を捨てきれない感情が滲み出ている。3人のロヒンギャ青年が将来について語り合う場面も忘れ難い。マレーシアで金を稼ぎ、学校を作り教師になりたい。トラックの荷台に揺られながら未来を語る姿は、その後に待ち受ける運命があまりにも苛烈なだけに痛々しいほど眩しく映る。
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本作は冒頭に述べたロヒンギャ問題の歴史的背景を、本編中ではまったく説明しない。なぜ彼らが国籍を剥奪されたのか、なぜここまで徹底的な社会的排除に晒されているのか――そうした情報は意図的なほど削ぎ落とされている。だが、その欠落こそが本作の核心であり、観客は“難民問題”という抽象的テーマとしてではなく、ただ幼い姉弟の行く末を
感情剥き出しのまま追い続けるしかなくなる。
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見知らぬ土地を二人きりで歩き、空腹で駄々をこねる弟シャフィを姉ソミーラは必死に宥める。台車を盗み、畑からサトウキビを盗んで飢えを凌ぐ。長回しで捉えられる“かくれんぼ”や“だるまさんがころんだ”の場面は、おそらく演技を超えた無意識の瞬間なのだろう。カメラは過酷な運命の只中にある子供たちの、束の間の無邪気さを静かに見つめ続ける。その柔らかな時間は観客に一瞬の安堵を与えるが、だからこそその後に突きつけられる現実はさらに残酷となる。笑顔に救われた直後、それが置かれている現実の凄惨さを思い知らされるからだ。
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国境を越えマレーシアへ入国する瞬間に起きる“ある出来事”。一瞬のあっけなさに加えて演出的フォローがまったく無いその描写は、通常のドラマならあってしかるべきカタルシスもない。フィクションなのに観客に対して極めて冷酷な仕打ちをする演出を改めて痛感。これは意図されたもので「あなたはこの悲劇を物語として消費しようとしていないか?」と突き返された気持ちになる。
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難民映画を観る時にしばしば起きる観客の立ち位置の無情。過酷な現実に涙し、弱者への共感を表明し、人道的危機に胸を痛める一方で、その感情は極めて安全圏からの傍観であり、スクリーンに映る悲惨さを知りながら、どこか自分は倫理的な立場に立ったような満足感を得てしまう。対する本作の異様さは、その居心地の良い共感ポジションを破壊してくる攻撃性だろう。
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ラストシーンでシャフィはマンゴーの木を見つけ、再び“かくれんぼ”のカウントダウンを始める。その光景は彼にとって諦めきれない望みへの願望と、これからも終わらない逃避の反復に見えた。難民問題を遠い悲劇として眺め、鑑賞中にだけ痛みを共有した気になり、日常へ戻っていく我々観客側への倫理の問いかけとも考えられる。
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藤元監督はかつてミャンマーに滞在し、現地テレビ局で番組制作に携わっていたという。しかし現地ではロヒンギャについて語ることが暗黙のタブーであり、ご自身も仕事を失いたくないという理由から、見て見ぬふりをしていた後悔があると語っている。本作はその沈黙への贖罪として撮られた映画なのか。バングラデシュ、タイ、マレーシアを横断して行われた撮影は単なる難民映画ではなく、見ないことで成立してきた世界を暴き出そうとする行為そのものに思えた。
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