記念日には、時々、こんな日があるのか、という日があるものですが、今日は戦後民主主義到来の日なのだそうです。
なんで今日が戦後民主主義到来の日なのかというと、1949年の7月19日に、新しい民主主義の到来を謳った青春映画『青い山脈』が封切られたからということです(なんでも理由になるものですね)。
アタマにわざわざ「戦後」を付けるということは、どうやら戦後民主主義と普通の民主主義というのは違うものということらしいので、ちょっと調べてみました。
AIの答えはこんな感じでした:
「戦後民主主義」とは、第二次世界大戦後のGHQ/SCAPの占領改革を機に日本に定着した思想です。対して「普通の民主主義」は、他国が長い歴史の中で自発的に獲得・運用してきた普遍的な政治体制を指します。両者の主な具体的違いは以下の通りです。
1. 成立の背景
・戦後民主主義: 敗戦後、連合国軍(主にアメリカ)の占領政策によって「上から与えられた」側面が強い民主主義です。
・普通の民主主義: 市民革命などを経て、市民自身が血を流して「自ら勝ち取った」民主政治のあり方です。
2. 平和主義(安全保障)との関係
・戦後民主主義: 憲法9条に基づく「非軍事化」「平和主義」と深く結びついており、軍事力行使を極力避けることを至上命題としてきました。
・普通の民主主義: 国際法における自衛権や集団的自衛権の行使を当然の権利とし、「普通の国」として相応の軍事負担や海外派兵を伴うことを前提としています。
3. 歴史認識とナショナリズム
・戦後民主主義: 戦前・戦中の国家主義や軍国主義への強い反省から、国家への過度な忠誠や愛国心を警戒し、個人の権利や反戦平和を重視する傾向があります。
・普通の民主主義: 自国の歴史を客観的に受容しつつも、健全な愛国心や国家としてのアイデンティティを政治的統合の軸として機能させます。
4. 政治参加と社会運動
・戦後民主主義: 政治的・社会的な平等を目指しますが、社会運動やデモよりも、選挙や制度による「上からの改革」や平和運動が中心です。
・普通の民主主義: 自身の権利を守るために、国民自身が日常的にストライキや大規模なデモ、ロビー活動を通じて政府へ直接的な圧力をかけることが一般的です。
まぁ最大公約数的な特徴というか、一般的イメージとしてはこんなものになるのかもしれないですね。
でも、個人的に感じるのは、戦後民主主義というのは、覚悟に欠ける(≒虚偽の)民主主義だということです。
「憲法9条に基づく「非軍事化」「平和主義」」とか言いながら、実際には米軍頼みで米軍の基地やら家族の居住地は厚く保護されていますし、いつの間にか自らも世界第8位の事実上の軍隊(自衛隊)を持ってます。
また、「政治的・社会的な平等を目指し」ていながら、現実には、政治的・社会的な格差が拡大していることを肌で感じている人は多いことでしょう。
どうして、こんなことになってしまうのか。
民主主義の正当化根拠としては「治者と被治者の自同性」ということがよく云われます。被治者自らが治者であれば、自らの首を絞めるようなことはしないはずだから、これが最も人権保障にも有効だというのです。
でも、この「治者と被治者の自同性」って、理屈の上ではそうかもしれませんが、現実にはあらゆる意味で個人的格差があり、およそ実現不可能なことです。悪い奴、狡猾な連中は、そうした民主主義の弱点を巧みに突くので、世の中はなかなか良くならないのです。
その意味では、戦後民主主義か普通の民主主義かを問わず、民主主義自体がいろいろ問題を抱えた原理ではあるのです。チャーチルはこの点を問題にしたのかどうかは分かりませんが、実に巧みな名言を残しています:民主主義は最悪の政治形態である。他に試みられたあらゆる形態を除けば。
ただ、だからといって、そうした現実に負けて最初から民主主義の理想を諦めるのと、逆に現実の方を改めて民主主義の理想に近づけるのとでは大きな違いが生じます。もっとも、後者の実現のためには、強い決意と覚悟を要します。
例えば、ヨーロッパでは現在EUという民主主義国家の統合体が作られています。今なおいろいろ問題を抱えているとはいえ、あのような統合体ができた結果、少なくともEU加盟国同士がEUに加盟したまま戦争に突入することはちょっと考えにくくなりました。わずか80年前にはヨーロッパを舞台に戦争が行われていたことを想起すれば、こんな平和が形成されることは考えられなかったのではないかと思われます。
でも、EUの形成を決意し、倦まず弛まず強い覚悟を持ってその実現に向けて努力した人々がいたからこそ、EUが作られ、その域内での平和は確保されたわけです。
翻って、日本の現実を考えた場合、上述のように「憲法9条に基づく「非軍事化」「平和主義」」とか言いながら、その理想からは遠ざかるばかりです(東アジアの政治的安定性は第二次世界大戦直後よりもむしろ不安定なものになっているとさえいえるかもしれません)。
覚悟に欠けているのです。「できることなら責任取らずに済ませたい」といった気持ちが強すぎるため、と思われます。
プーチンが悪いとか、トランプが狂っているとかの議論の方が巷では一般的なようではあります。奴らが悪いのは事実なんでしょうが、奴らを批判してれば日本が良くなるというわけでもありません。やはり、最終的には良くしようという強い決意と覚悟が必要になります。
本当に「憲法9条に基づく「非軍事化」「平和主義」と深く結びついて」いるのなら、それなりの覚悟を持って(東アジアにおける)平和の形成に臨んでほしいと思います。
ログインしてコメントを確認・投稿する