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2026年06月23日00:00

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映画『ナースコール』

『ナースコール』(スイス/ドイツ)
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主演のレオニー・ベネシュは『ありふれた教室』(2024年)で見せた、信念のためには対立を厭わない強靭な人物像とは異なり、本作では過酷な労働環境の中で「崩れまいとする主体」を演じ、消耗していく精神の微細な揺れを引き受ける姿が際立つ。スイスの州立病院で働く一人の看護師フロリアの“遅番”をリアルタイムに近い密度で描く92分間は徹底的に抑制され、劇的な装飾を排した手触りはドキュメンタリーと錯覚するほどにリアル。
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フロリアは病欠により人員が不足したシフトに入り、26人の患者対応を任される。同時間勤務は同僚1名と看護学生のみ。英語原題は『Late Shift』だが、邦題の『ナースコール』が示唆する通り“呼び出され続ける労働”の連鎖が徹底して描かれる。「何かあればボタンを押して」と伝えた患者に限ってボタンは押さず、緊急性の低い患者ほどナースコールを多用する。その歪な需要の分布が現場の疲弊を加速させ、応対する患者に都度誠実であろうとするほど別の患者を待たせることになる。この構造的ジレンマはフロリア個人の能力や献身では決して解決できず、むしろその誠実が仇となって彼女自身を追い詰めていく。
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診察補助、投薬、排泄、精神的ケアを絶え間なくこなし続けるフロリアが、繰り返し行う手指消毒の所作は非常に象徴的。それは衛生管理のルーティンであると同時に、すでに無意識化された“自己消去”の動作であるように受けとめられる。治療も空しく亡くなってしまった患者の親族に、何故もっと早く診に来なかったのかと詰られるフロリア。それでも彼女の意識はすぐに次の患者に向けられ、自身の疲労や限界は後景へと退いていく。
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疲労の蓄積は臨界点を迎え、投薬ミスという形で露呈。さらには看護師の行動を時計で計測しながら罵倒する患者との衝突。フロリアはついにその患者の腕時計を窓の外へ投げ捨ててしまう。それは単なる感情の爆発だけではなく「時間によって管理される労働」そのものへの無意識的な拒絶にも見える。しかし彼女はすぐに自らを律し直して、泥にまみれながら腕時計を探し続ける。その姿は破綻しかけた主体が、なおも職業倫理へと回帰しようとする痛ましい自己修復の過程に見えた。
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終盤でフロリアはその患者に謝罪し腕時計の弁償を申し出ると、そこで初めて患者側の脆さである「癌への恐怖と人生への悔恨」が告白されて露わになる。もちろん病名も容体もフロリアは元々知っている。だが傲慢だった患者が涙で訴える死への悔やみを聞いたことで、ここで初めて医療現場における関係性の非対称ではない「ケアする側/される側の境界が崩れる」瞬間の描写が行われた。
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規則を破って酸素ボンベを付けたまま煙草を吸う患者から、ライターと煙草を没収する場面では、フロリアが職務を全うすることで患者との遺恨を生むことになる。だがその後、腕時計をその患者が拾い届ける場面が挿入され、両者のあいだに疲弊の只中で成立する微かな相互理解の回路が開かれる。それは状況を変えるほどの力はないが、ケアという営みが単なる機能ではなく、他者と関わり続けようとする意思によって辛うじて支えられていることを示す小さな救いに感じた。
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そんな数少ない前向きな言葉を拾い上げながら、フロリアは「明日も来るから」と患者に告げる。ラストシーンの帰路のバスで放心状態にあるフロリアの隣席に、あり得ないはずのある人物が再登場する。その肩に身を預けるフロリアの後姿が、優しさと希望を少しだけ感じさせる。このわずかな休息は救済というにはあまりにも小さいが、そのわずかさこそが現実なのが医療現場の実態。制度が人を摩耗させ続けている状況が如実であっても、それでもなお他者へと手を伸ばす感情が、完全には閉じられていないことが静かに伝わるラストカットが心に染み入る。
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エンドロール前にスイスの看護師不足統計がテロップされる。2030年までに1,300万人の不足、さらに4年以内には20%が離職するというWHОの予測。これによってこの物語を個人の問題から制度の問題へと接続するのがペトラ・フォルペ監督の意図なのだろう。英題ではなくドイツ語による本当の原題は『HELDIN(ヒロイン)』だが、これは一般的な意味での英雄譚を指しているのでない。称賛されることもなく消耗しながら機能し続ける看護師たちの労働そのものの“匿名的英雄性”を指している。

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