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2026年06月02日06:08

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アンチ・ファスト映画

まず、ファスト映画は著作権違反である。映画を著作権者に無断で編集し、10分程度に短縮したうえで、最後のエンディングまでネタばらししてしまう動画そのものが、すでに問題をはらんでいる。

だが私は、たとえ著作権が切れている作品や、制作者自身がパブリックドメインと宣言した作品であっても、なおファスト映画には反対の立場を取りたい。問題は権利だけではなく、作品との向き合い方そのものにあると思うからだ。

私は先日、映画の「記銘力」の強さをA・B・C・Dの4段階で分類してみた。そのうちAは、観た記憶すら薄れていく作品である。題名の記憶どころか、「観た」という事実さえ、時間とともに曖昧になっていくような作品だ。

ところが最近、そのAカテゴリに入れていた映画を、ふと思い出した。メル・ブルックスの『ヤング・フランケンシュタイン』である。ホラー映画のパロディとして笑いを生みながら、随所に過去のホラー映画へのオマージュが散りばめられている作品だ。何の脈絡もなく、急にこのタイトルが頭の中によみがえってきた。

不思議ではあるが、私はこの作品をきちんと「鑑賞」したからこそ、こうして思い出すことができたのだと思う。もしファスト映画的に「消費」しただけなら、決して頭の中に蘇ってはこなかっただろう。
映画やドラマを本当に鑑賞すると、その作品だけで完結しない。別の作品との比較や連想が始まる。

これは、映画『フォロー・ミー』の中の一場面にも通じる。作中でヒロインと探偵がドラキュラ映画を観る場面があり、そこではクリストファー・リーのドラキュラ映画が映される。だが、その演技を観ながら、脳内でベラ・ルゴシ版のドラキュラと比較する人もいるだろう。おそらく『フォロー・ミー』の監督キャロル・リードも、クリストファー・リー本人も、ベラ・ルゴシ版を意識していたはずだ。
こうした比較の楽しみは、映画を単に「消費」するのではなく、「鑑賞」してきた人にこそ開かれるものだと思う。
クリストファー・リー=ドラキュラ役者と言われてピンとこない人も、ロード・オブ・ザ・リングの"サルマン"役でああ、あの俳優かという人も多いだろう

別の例を挙げれば、『真田太平記』と『真田丸』がある。今あらためて調べると、前者は大河ドラマではなく、NHKの「大型時代劇」枠の作品だった。主役格として真田信幸を演じたのは渡瀬恒彦と大泉洋、真田幸村/信繁を演じたのは草刈正雄と堺雅人、そして父・昌幸を演じたのは丹波哲郎と草刈正雄である。
この二作を見比べると、丹波哲郎の狸親父ぶりと、草刈正雄の飄々とした狸親父ぶりの違いが実に面白い。さらに、かつて美形武将・真田幸村像を決定づけた若き日の草刈正雄が、後年にはその父親役を楽しげに演じている。その役者としての歳月の重なりまで含めて、頭の中で二本立てのドラマが走り出すような楽しさがある。

こうした楽しみ方に比べると、「真田家が武田・豊臣・徳川と、時代ごとに主君や天下人が変わる中で奮闘し、一族の命脈を保った」という筋だけを追うファスト・ドラマ的な「消費」は、あまりにも貧しい。かけた時間と得られる楽しさの比、いわゆるタイパで考えたとしても、なお「鑑賞」の豊かさには及ばないと思う。

映画も、小説などの物語も、受け取るべきものは「情報」だけではない。そこには感情があり、間があり、余韻がある。それらを余裕をもって受け止めてこそ、何十年も経ったあとに、ふいにその作品の真価が立ち上がってくることがあるのではないか。


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