『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』
(ノルウェー/デンマーク/ポーランド/スウェーデン)
『シンデレラ』に登場する意地悪な義姉を主人公にしたサイドストーリー・・・・と片付けてしまうにはあまりにも醜悪で倒錯したゴシック&ボディホラー。美しい衣装や音楽を裏返すように展開されるR15+指定のゴア表現と「執念」「狂乱」を核に据えたストーリー構成。北欧映画特有の不快感を伴う直接描写と、鬼哭啾啾としたグリム童話風空気感。本家ディズニーの実写版『シンデレラ』(2015年)を愛する人にはとても勧められない。
母レベッカ(アーネ・ダール・トルプ)の再婚により、姉エルヴィラ(リア・マイレン)と妹アルマ(フロー・ファゲーリ)は大富豪の館へ移住したはずだった。しかし歓迎の晩餐席で義父オットーが急死。良家の未来は暗転し、富豪どころか借金まみれとなる。
スウェランディア王国の王子ジュリアン(イサーク・カムロート)に見初められ、花嫁になることを夢見るエルヴィラ。だが彼女は矯正器具に覆われた歯並び、小さな鼻、ぽっちゃり体型といった容姿の劣等感に苛まれる。一方、亡き義父の実娘であるアグネス=シンデレラ(テア・ソフィー・ロックネス)は容姿端麗。彼女の元には王国主催の妃選びを目的とした舞踏会の招待状が届く。エルヴィラにも参加資格はあるものの、母レベッカは「玉の輿」を成功させるためには抜本的な肉体改造が必要だと判断し、整形手術と花嫁養成教室にエルヴィラを通わせる。教師への賄賂まで用いて最終選考に進んだエルヴィラは、いよいよ運命の舞踏会へと挑む。
本作の空気感に馴染めていない前半は「なぜその思考で、その行動に至るのか?」と唖然とする展開が連続する。整形手術場面では巨大な金槌と鑿を使い、まるで杭を打つかのごとく鼻を削る。麻酔もないためエルヴィラの絶叫が響き渡る恐怖の映像。更にまつ毛エクステでは、上下のまぶたに針を刺して直接縫い付けるという荒療治で容赦がない。エルヴィラの身体は母親のエゴによって矯正されていくのだ。
主人公は良く言えば無邪気であどけなく、原典物語のようにシンデレラへ意地悪をすることもなければ、他者を虐げる悪意も持っていない。王子に選ばれるためにひたすらに“美しくなろう”としているだけなのだ。だがその「だけ」が、どれほど暴力的で残酷な思想であるかという現実が、彼女と周囲を容赦なく追い込んでいく。悪い意味で思考が幼く、白馬の王子に恋をして「美しくなれば選ばれる」と信じて疑わない行動は、滑稽であると同時に目を塞ぎたくなるほどに痛々しい事態へと進展する。
極めつけは痩身の手段として服用するサナダ虫。腸内に寄生虫を宿すことで、摂取した栄養を虫に食させるという究極のダイエット法。これが1950年代の北欧では実際に行われていたというのだから驚愕と戦慄は免れない。栄養失調による脱毛弊害も残酷に描かれ、その顛末を見届けるには相応の覚悟がいる。エルヴィラはチョコレートやケーキを隠れて爆食いする描写が何度もあり、つまり彼女は「努力せずに美しくなりたい」という欲望が一貫する。そのため妹アルマの制止も聞かず、躊躇なく寄生虫を体内に取り込むあたりから、もはやこの物語で彼女のハッピーエンドがないことは誰の目にも明らか。
クライマックスの舞踏会シーン以降のネタバレ詳述は避けるが、物語の骨格はあくまで童話の『シンデレラ』であり、原典通りにガラスの靴の持ち主をジュリアン王子が探す展開へと進む。ここから先のエルヴィラの行動こそが本作最大のボディホラー。
もうひとつ印象的なのは、シンデレラ本人であるアグネスが「理想の女性像」として描かれないところ。義姉妹を見下す発言、従者との馬屋での密会(モザイク入り!)など、男性から欲望を向けられる立場にありながら、その価値体系を内面化していない。そこがエルヴィラとは最も対照的で哀れさは皆無。王子を軽んじて自らの欲望を主体的に選択するしたたかさと自立心を併せ持つ強靭な描かれ方は逞しい反面、鑑賞側が感情移入する対象にはなっていない。それは既に「美」という特権を持つ立ち位置に彼女がいるからなのか・・・このアグネス=シンデレラの描き方は最後まで原作に反旗を翻す。
ジュリアン王子が持ち主を探すガラスの靴を手に入れたエルヴィラは、それが自分のサイズに合わないと知るや常軌を逸した行動を始める。さらにそれを目撃した母レベッカがくだす決断が輪をかけて狂気の沙汰。肉体と精神が同時に崩壊していく誇張された修羅場が畳み掛けられ、救済が用意されない絶望感にはやり場がない。唯一あるとすれば、前半では幼い少女だった妹アルマが成長し、母と姉を反面教師としたであろう真っ当な行動で身内を救おうとすること。エルヴィラの運命がわずかに軌道修正されることで、この作品で純粋に「愛情」を感じることができるのはこの場面だけだろう。
ここに至るまでの根底には「高貴な男に選ばれなければ富も幸福も得られない」という女性視点の価値観支配にある。男尊女卑の構造を疑う思考がまったく存在しないこの世界観は当時の北欧社会を象徴しており、そこから派生するルッキズムの問題が現代では本当に克服されたのか?という問いを突き付けてくる。女性の幸福が「美」によって選ばれることが全てだとする残酷さは、ゴシックホラーやボディホラーの単なる強度だけではなく、社会構造が肉体を破壊していく地獄絵図として迫る。
『シンデレラ』を異なる角度から描くことで、過去を哀れむだけの安全な感想に逃げ込むことが許されない本作。加工された美の氾濫が溢れる現代にいる我々が、エルヴィラを“異常”として切り捨てる資格が果たしてあるのか。本作における数少ない“男性への反感”は、冒頭で死亡する義父オットーのその後の扱いに集約されている。エンドロール後のポストクレジットまで見逃すことなく結びのワンカットを堪能して欲しい。
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