国際関係でも、離れた相手や距離を置いた組織が困る姿を見て喝采する言説がある。国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退や、韓国とのスワップなど。これらは現実の「ざまぁ」構造。
物語では、勇者パーティから一方的お荷物扱いされて「追放」された者が、他の場所で悠々と生きているが、追放した元のパーティが次第に困窮していく様、これらを見て読者に「ざまぁ」と思わせる物語。作者は主人公にはこの感情を持たせない、後ろ暗い感情だと分かっているからだろう。
どちらも「ざまぁ」と生じる感情が好きではない。これは「めしウマー」も一緒だが、他人の不幸を嘲るという感情に私は違和感を持つから、少なくとも私にとってその感情は健全なモノとは思えない。
現実の「ざまぁ」構造も、心残りがありながら渋々離れた組織や協定に、「ほーら日本をないがしろにしたから(ざまぁ見ろ)」という、去ったあと、きっぱりと過去と峻別していない、その中途半端さと粘着気質が嫌な&語りたくないという感情を抱かせます。
時には過去を振り返ることも必要だろう。
だが、他人の転倒を眺めながら後ろ向きに歩いていては、自分もまた躓く。
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