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2026年04月09日20:00

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映画『サリー』

『サリー』(台湾/フランス)
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台湾中部の山間部で農場を営み、弟と姪の世話をしながら暮らす38歳独身のフイジュン(エスター・リウ)。弟ウェイホン(リン・ボーホン)が結婚を控え、お節介な叔母からは彼女にも見合い話が持ち込まれる日々。周囲からは「いい人なのに、まだ独身」と言われる存在。彼女の人生は不幸ではないが平凡過ぎた。ある日、姪シンルー(タン・ヨンシュイ)のいたずらで、マッチングアプリに「サリー、28歳」として登録されてしまう。
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腹を立てつつも、パリで画廊を経営するというマーティンとアプリ内で意気投合し、フイジュンの平凡な日常はわずかに揺らぎ始める。ぼんやりと抱いていた「いつかパリへ」という夢は、スマートフォン越しの甘い言葉によって具体性を帯びる。やがてマーティンから正式な求愛と同時に、新居購入のための金銭援助を求められるフイジュン。周囲はロマンス詐欺だと警告するが、その反発心がかえって彼女の恋心を焚きつける。恋をしているというより、世界がまだ自分に向けて開かれていると信じられる時間が彼女を輝かせる。
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多くは彼女が騙されている可能性を察している。それでも、台中の田舎町での単調な生活から浮き足立っていくフイジュンの姿には不思議な共感が宿る。騙されていく過程そのものが、彼女にとっては生きている実感を取り戻す時間でもあるからだろう。本作は宣伝では「国際ロマンス詐欺」を前面に出しつつ、実際にはそれを主軸とはしていない。詐欺のサスペンス性を煽ることなく、騙されるか否かという二項対立は棚上げしている。
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焦点はフイジュンがなぜその関係を必要としたのかを静かに問い始め、幻想がもたらす心理的解放への模索を始める。台風で大切に育ててきた養鶏場が甚大な被害を受けたことをきっかけに、彼女は愛を確かめるため単身パリへ旅立った。物語の核にあるのは、両親亡き後に家族を支えてきた一人の女性の人生の再選択。
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彼女の苦労は多くは語られない。しかし、家族を重んじない兄の代わりに弟を育てて、守ってきた年月はその佇まいから充分に伝わる。田舎町で「行き遅れ」と見なされる生き方への疑問。その小さな違和感が、彼女を世界へパリへと押し出したのだ。
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養鶏場の鶏たちが愛くるしく、雌鶏に紛れて成長してしまった一羽の雄鶏は、落ち込む彼女の前で青くたくましい脚で誇らしげに立ち、まるで無言で寄り添う恋人のようだ。サツマイモという名前の愛犬は親友で、弟の同級生ハオ(リー・インホン)は遠回しに彼女を気にかける。姪シンルーの反発もまた、孤独を抱える少女なりの愛情表現を垣間見せる。
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フイジュンの居場所は決して空虚ではない。養鶏業、愛犬、弟や姪との関係。彼女の世界は温かく豊かなのに、それでも彼女は外の世界を追った。それは逃避ではなく更新への欲望だったに違いない。「サリー、28歳」として異国へ飛んだフイジュン。観光ツアーで降り立つパリでの不安そうな戸惑いと同時に伝わる高揚感。劇的な事件よりも、むしろその等身大の感情だけが描写される。
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少しだけ勇気を出して、自分の足で歩く姿が胸に沁みる。ツアーで出会う老婦人との会話は印象深く「本当に結婚したいのか」という問いが静かに胸に響く。見知らぬ街で他者の温もりを受け入れ、彼女の選択は大胆さを帯びていく。他人の温もりを拒まず、旅の終わりには別れの瞬間、自らの意思で居場所を選択する。
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台湾の小さな町でその境地に至るには、ある種の“異物”を人生に混入させる荒療治が必要だったのだろう。結果として、彼女にときめきを与えたマーティンの存在には皮肉な感謝すら浮かんでくる。彼の偽りの愛がくれた“ときめき”は本物だった。結末が示すのは恋愛の成否ではなく、主体的選択の獲得だった。
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フイジュンは誰かに選ばれる存在から、自ら選ぶ存在へと移行する。ロマンス詐欺という現代的現象を媒介にしながら、作品が到達するのはきわめて普遍的な問いで、自分の人生を誰が決めるのかだった。次はカナダかもしれない、という軽やかな余韻も心地よい。
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1990年代前半、日本に紹介された「台湾ニューシネマ」は、日常を静かに切り取るスローテンポな作風が賛否を呼んだ。振り返ればそれは国威発揚的作品が主流だったそれまでの台湾映画と比べて、人々の生活を誠実に映すところが革新的だった。本作はその系譜を継ぎつつ、より現代的な軽やかさとエンメ性を獲得している。
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やがて国際的な視野でも遜色のない文化に昇華して現在に至る台湾映画。内面心理を多弁に説明せずとも、観客に確かに届く感情。結末が示すのは、未来を肯定する勇気さえあれば、人生は何度でもときめきを取り戻せるという希望。エンドロールはその確信と共に静かに流れる。人生は劇的でなくてもいい。
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