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2026年04月01日03:50

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鶴書房のSFベストセラーズから二作(記憶の書庫から)

中学生になったばかりの頃、鶴書房のSFベストセラーズをよく買って読んでいた。
このシリーズでは矢野徹『新世界遊撃隊』がいちばん刺さった。小松左京『エスパイ』に少し似ているが、もっと厨二病的で、もう少しピュアな感じがある。これについてはいずれ単独で書きたい。今回は、そのラインナップから二作だけ、ネタバレなしで触れておく。

まず豊田有恒『時間砲計画』。
時間砲からオメガ粒子を浴びたものは「過去」または「未来」へ飛ばされ、その反動で時間砲の側は逆向きの時間へ飛ばされる、という設定だった。
当時の私は、この「作用反作用を時間移動にまで拡張する」理屈に素直に感心した。今考えるとかなり無茶(元理系として言うと、運動の第三法則は空間の並進対称性の表れで、時間については無関係)なのだが、中一の自分には十分に“科学っぽく”見えたのである。
豊田有恒の作品には、アイディアが先に立ち、物語そのものの深みはやや薄いという印象がある。この作品も、反作用で時間がずれるというワン・アイディアが強く記憶に残っている。

もう一作は北川幸比古『すばらしい超能力時代』。
鶴書房ジュブナイルSFの第一期の一冊で、ネットで調べてようやく作者名が分かった。
速度増加剤やテレポーテーションなどを題材にした科学冒険譚なのだが、今思うとツッコミどころの大安売りでもある。加速人間の侵入を二重扉で防ぐとか、月までテレポートするエネルギーはどうするのかとか、いろいろ気になってしまう。
それでも当時は、「人間の脳は10%しか使われていない」という神話がまだそれなりに流通していた時代だった。薬で脳の残りを活性化すれば超能力が出る、という発想にも、少なくとも子ども向け読み物としては一定の説得力があったのだと思う。

今読み返せば理屈の粗さは目につく。けれど、そうした粗さも含めて、昔のジュブナイルSFには独特の勢いと夢があった。子どもの自分が「ほぅへー」と感心した、その感覚ごと懐かしい。

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