思いつきを検証なしで、挙げてみる。
ゲーデルの不完全性定理、これは数学や論理学に限らず、無矛盾な体系からは、その体系では是か否か演繹できない命題が存在する。
これは、数学では具体例が存在する。私が知っているのは二つ。
連続体仮説:実数の集合の濃度ℵ1と、有理数の濃度ℵ0の中間の濃度が存在するか。未解決 → A「存在する」、B「存在しない」:A・Bのどちらを新たな公理としても、従来の数論体系と矛盾しない。で解決。
平行線の問題:ある直線上にない点からこの直線に交わらない(平行)直線を引けるか → 一本だけ引ける(ユークリッド幾何学)・一本も引けない(球面幾何学)・無数に引ける(双曲面幾何学)
数学に詳しいヒトならもっと例を挙げられるかも知れません。「点とは部分のないモノである」など公準を積み上げて無矛盾な論理体系を積み上げても、「ある公理系」はそれらの公準とは独立で、証明も反証も挙げられないモノが「必ず」存在する。これがゲーデルの不完全定理の意味する所。
そこで形而上学について、就中「神学」の体系について、「不完全性定理」を適用しよう。「神学」が無矛盾な体系であるか?はアヤシイと個人的には思うが。
神学の基本公理:神は一つ(一神教)・神は無数(多神教)・神は存在しない(無神教)、これは幾何学における平行線公理と同型。
さらにこの宇宙を統べる物理学法則の体系についても同型の分岐が生じる。これはマルチバースになるか、この宇宙の局所的な法則の体系の破れになるか?はまだ、しかとは、思いついていない。
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