私の善悪論でMAD(相互確証破壊)を評価すると、行為(核攻撃と核報復)は行われていないが、その「想定」があまりにも破壊的なので、想定(未来方向に)"解析接続"して「悪」(評価のグラデーションは、閾値から遠くほとんど最大値に近い否定的評価)と感じられます。
註:私的な善悪論は下のURLで展開してます。
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6249752&id=102768168&comment_count=11
の[5][6][8][9][11]
では、MADではなく、核分裂の原子力発電所はどうか?人間の作ったモノは必ず壊れる。これは確かだが、注意深く運営・メンテをしてこの壊れる確率(一年当たり)Pを小さく出来る。この核分裂発電所の稼働時間T(年)これは、ウランやプルトニウムが尽きるまで、または遙かに安全な負のフィードバックで運転する核融合発電が実用化されるまで、という有限の時間である。
もう少し詳しく書くと(ちょっとヤヤコシイが、雰囲気だけの積分なので)
ここで、D(s、t)は、ダメージの規模(場所,時間に依存)、 p(t)は単位時間当たりのその生起確率、Rはリスク。ナンバリングnは原発事故だけでなく、他のn番目リスクもこの式を使って評価できる。
ここで、
この条件式の時のみ核分裂原子力発電が許容される。私的に現行の原発P(事故確率)を小さく、さらに代替核エネルギー(核融合発電)で、核分裂発電のTを可能な限り小さくするが前提であれば、原発が許される条件もあると、私は考える。
Pをできるだけ小さくするには、原発をオペレートする人・機械・AIだけではなく、社会の倫理(原発をテロ・戦争の対象にしない)も必要で、かなり複雑系。
そこで全体のリスクを減らす最も大きな寄与はTを小さくする事。この核分裂発電を早期にやめる事が出来、代替に十分なエネルギーを供給できる核融合発電、これの実用化が私たち現行の文明にとっての喫緊の課題だと思う。
化石燃料を燃やして、単にエネルギーを発生させるだけ、はこれらが合成物質の起点になる事を考えるとあまりにも勿体ない。
だが、私の知り合いで最初の勤務校で同じタイミングで新任で入った教員は、院で核融合研究していた、があれから40年近く経っても投入エネルギーを上回るゲインを得られていない。この状況で、Tをどこまで短くできるか? 現行文明の寿命は此処にかかっていると私には感じられるのだが。
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