自我により二つのかんちがいが生じます
自我は
主体以前の
実在
を客体として観察、そして選択できるとかいう
かんちがい
です
それは無理です
実在はただ在る平和なのです
(自分は何かという気づきは幻です)
もう一つは
主体の対象は
主体の外に想作できる
という勘違いです
主体のそとは実在ですから
それは無理でしょう
したがって
主体(アイアム)
のなかに
宇宙対象を作ったにすぎない
ということになります
つまり
主体のなかに
意識(客体)
シナリオ
投影
があるということです
そして
自分は
肉体であると信じるのですが
それは
心内の影像ではなく、
心外の実境(対象)
とかんちがいしてしまうので
肉体を自分だと信じこみ
他者と比較したり
物理的自然と一体として反省してみたり(地球環境大切とか)
してるわけです
これすべて迷いの世界ですね
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